婚約破棄された悪役令嬢は、事業を阻むギルドを手段を選ばず支配する

ふわふわ

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第四十話 自由の座標

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第四十話 自由の座標

王都の朝は、静かだった。

商人たちは開店の準備をし、職人は槌を握り、子どもたちは学び舎へ向かう。
市場の値札は穏やかな数字を示し、パン屋の棚は空になる前に補充される。

誰も「奇跡」とは呼ばない。

それが当たり前になったからだ。

――――

王城の塔から、王が街を見下ろしている。

「平穏だな」

側近が応じる。

「はい、陛下。制度は機能しております」

王は小さく笑う。

「制度が機能するのは、人が守るからだ」

一拍。

「彼女は来ないのか」

「お呼びになられますか?」

王は首を振る。

「必要はない」

象徴は象徴として立つ。

それで十分。

――――

屋敷。

執事が最後の報告を差し出す。

「王都連合評議会、正式に王家の監督下へ完全移行いたしました」

「ええ」

「お嬢様の名は議事録から削除されます」

わたくしは微笑む。

「当然です」

「後悔はございませんか」

「ございませんわ」

かつては、ギルドに従わなければ何もできなかった。

ならば従わせた。

金で。

権力で。

信用で。

だが最終的に選んだのは、支配ではない。

放すこと。

――――

午後。

王太子――いや、もう王太子ではない。

今は王の前に立つ青年が、屋敷を訪れる。

「……久しいな」

「ええ」

沈黙。

彼は以前のような傲慢さを纏っていない。

「君は、本当に何も望まないのか」

わたくしは首を傾げる。

「望み?」

かつて言った。

「殿下の婚約者でなくなることです」

あの時、それは事実だった。

今も変わらない。

「今の望みは」

静かに告げる。

「誰にも縛られないことです」

彼は苦く笑う。

「王位も、富も、名声も手に入れられたはずだ」

「興味がございませんわ」

一拍。

「わたくしは自由が好きですの」

――――

彼は去る。

振り返らない。

わたくしも追わない。

これが本当の終わり。

――――

夕刻。

王都の灯りがともる。

魔石の光が、整然と街路を照らす。

執事が静かに言う。

「王都の産業は、今もお嬢様の設計の上にございます」

「設計だけです」

「それでも」

わたくしは窓辺に立つ。

かつてなら、指先ひとつで止められた灯り。

だが今は止めない。

止める理由がない。

支配は可能だった。

だが必要ではない。

――――

翌日。

わたくしは王都を離れる。

豪奢な馬車ではない。

簡素な旅装。

執事が問う。

「行き先は」

「まだ決めておりませんわ」

「危険では」

「自由は少々不便なものですの」

微笑。

「それが楽しい」

――――

王城の塔。

王が遠くに進む馬車を見つめる。

側近が問う。

「引き止めますか」

「不要だ」

王は静かに言う。

「彼女は王にならなかった」

一拍。

「だからこそ、この国は救われた」

――――

市場。

若い商人が言う。

「基準があるから安心だ」

職人が頷く。

「誰かに怯える必要はない」

もう誰も、特定の名を口にしない。

だが。

制度の中に、確かに彼女の影はある。

――――

馬車の中。

執事が最後に問う。

「王都を完全に支配する未来も、確かにございました」

「ええ」

「惜しくは」

「ございません」

一拍。

「支配は束縛ですもの」

わたくしは窓の外を眺める。

広がる空。

王都より広い。

「わたくしは、誰のものにもなりません」

そして小さく笑う。

「もちろん、国のものでも」

――――

婚約破棄された令嬢。

ギルドを従わせ、

王都を掌握し、

王を選ぶ立場に立ち、

そして。

すべてを手放した。

残ったのは、ただ一つ。

自由。

それこそが、

最初から最後まで、

彼女が望んだ唯一のものだった。
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