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第18話 何もしないという選択
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第18話 何もしないという選択
温泉郷に、久しぶりに雨が降った。
しとしとと静かな雨で、音も柔らかい。
道はぬかるまず、屋根から落ちる雫も、人に当たることなく地面へと吸い込まれていく。
「……雨ですね」
縁側に腰掛けたリヴォルタ・レーレは、湯のみを両手で包みながら、そう呟いた。
冷えることもなく、暑くもない。
ちょうどいい雨。
宿の女将が感心したように言う。
「この辺り、雨でも困ることがなくて」 「そうなんですか?」 「ええ。滑らないし、増水もしませんし……昔から、こんな感じですけど」
昔から、という言葉に、リヴォルタは小さく頷くだけだった。
「住みやすい土地ですね」
それ以上の感想は、浮かばない。
一方、王城では。
「……やはり、同じ結論になります」
評議会での報告を聞き終え、トレイル・ブレイザーは静かに頷いた。
「彼女が滞在している間、
守護の範囲は一定で安定している」 「距離と時間に比例して、影響が薄れる、と」 「そうだ」
数値は、はっきりしていた。
何かをさせる必要はない。
移動させる必要すらない。
ただ、そこにいること。
「……本当に、前代未聞だな」
側近が苦笑する。
「聖女に、何もさせない国など」 「だからこそ、成立する」
トレイルは、書類を閉じた。
「“選択”を、彼女に委ねているからだ」
命令ではない。
強制でもない。
居たいから、いる。
それだけ。
その自由が、力を歪めない。
同じ頃、本国では――
ザガート・ビジョン・グランツが、かつての記録を読み返していた。事故報告、災害報告、負傷者名簿。
そこに並ぶのは、
**「起きなかった出来事」**の空白だ。
「……評価できないわけだ」
空白は、成果にならない。
だが、空白こそが守護の証だった。
「我々は、結果だけを求めた」 「過程を見なかった」 「……いや、過程すら、存在しないと思い込んだ」
彼女が、何もしていないと。
その夜、本国の一部地域で、また小規模な事故が起きた。以前ほどではないが、確実に“守り切れなかった”痕跡だ。
「……もう、戻らないな」
ザガートは、そう呟いた。
奪い返すことも、説得することもできない。
なぜなら――
彼女は、自分の意思で、何もしないことを選んでいるから。
温泉郷。
夜の露天風呂で、リヴォルタは空を見上げていた。
雨は止み、雲の切れ間から星がのぞいている。
「……静かですね」
誰かに話しかけるでもなく、
決意を固めるでもなく。
ただ、今の生活を、当たり前として受け入れている。
――戻る理由は、ない。
ここでは、
自分が自分でいられる。
何もしなくても、責められない。
何もしないからこそ、守られている。
それを理屈で理解していなくても、
心は、正しい場所に落ち着いていた。
「……明日も、何もしません」
その選択は、逃げではない。
放棄でもない。
彼女自身が選び取った、生き方だった。
そしてその選択が、
今日もまた、誰にも気づかれないまま、
世界を静かに支えていた。
温泉郷に、久しぶりに雨が降った。
しとしとと静かな雨で、音も柔らかい。
道はぬかるまず、屋根から落ちる雫も、人に当たることなく地面へと吸い込まれていく。
「……雨ですね」
縁側に腰掛けたリヴォルタ・レーレは、湯のみを両手で包みながら、そう呟いた。
冷えることもなく、暑くもない。
ちょうどいい雨。
宿の女将が感心したように言う。
「この辺り、雨でも困ることがなくて」 「そうなんですか?」 「ええ。滑らないし、増水もしませんし……昔から、こんな感じですけど」
昔から、という言葉に、リヴォルタは小さく頷くだけだった。
「住みやすい土地ですね」
それ以上の感想は、浮かばない。
一方、王城では。
「……やはり、同じ結論になります」
評議会での報告を聞き終え、トレイル・ブレイザーは静かに頷いた。
「彼女が滞在している間、
守護の範囲は一定で安定している」 「距離と時間に比例して、影響が薄れる、と」 「そうだ」
数値は、はっきりしていた。
何かをさせる必要はない。
移動させる必要すらない。
ただ、そこにいること。
「……本当に、前代未聞だな」
側近が苦笑する。
「聖女に、何もさせない国など」 「だからこそ、成立する」
トレイルは、書類を閉じた。
「“選択”を、彼女に委ねているからだ」
命令ではない。
強制でもない。
居たいから、いる。
それだけ。
その自由が、力を歪めない。
同じ頃、本国では――
ザガート・ビジョン・グランツが、かつての記録を読み返していた。事故報告、災害報告、負傷者名簿。
そこに並ぶのは、
**「起きなかった出来事」**の空白だ。
「……評価できないわけだ」
空白は、成果にならない。
だが、空白こそが守護の証だった。
「我々は、結果だけを求めた」 「過程を見なかった」 「……いや、過程すら、存在しないと思い込んだ」
彼女が、何もしていないと。
その夜、本国の一部地域で、また小規模な事故が起きた。以前ほどではないが、確実に“守り切れなかった”痕跡だ。
「……もう、戻らないな」
ザガートは、そう呟いた。
奪い返すことも、説得することもできない。
なぜなら――
彼女は、自分の意思で、何もしないことを選んでいるから。
温泉郷。
夜の露天風呂で、リヴォルタは空を見上げていた。
雨は止み、雲の切れ間から星がのぞいている。
「……静かですね」
誰かに話しかけるでもなく、
決意を固めるでもなく。
ただ、今の生活を、当たり前として受け入れている。
――戻る理由は、ない。
ここでは、
自分が自分でいられる。
何もしなくても、責められない。
何もしないからこそ、守られている。
それを理屈で理解していなくても、
心は、正しい場所に落ち着いていた。
「……明日も、何もしません」
その選択は、逃げではない。
放棄でもない。
彼女自身が選び取った、生き方だった。
そしてその選択が、
今日もまた、誰にも気づかれないまま、
世界を静かに支えていた。
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