婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第25話 触れられない提案

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第25話 触れられない提案

 その提案は、書簡という形で届いた。

 封蝋は簡素。
 差出人の名も、国名もない。

「……差出人不明?」

 宿の主人が首を傾げる。

「宛名は、あなた様です」 「私に?」

 リヴォルタ・レーレは、不思議そうに受け取った。
 重さは、紙一枚分。
 威圧も、期待も、感じられない。

 ――だが、読めば分かる。
 触れてはいけない配慮が、行間に詰まっている。

《お願いは、ありません。
 命令も、要請も、ありません。
 ただ、選択肢の提示のみです》

 彼女は、眉を少しだけ上げた。

《現在ご滞在の地より、さらに静かな土地がございます。
 移動の必要はありません。
 移動されない選択も、等しく尊重されます》

 読み進めるにつれ、内容は奇妙なほど丁寧だった。

《その地では、
 ・行事は行いません
 ・参拝は許可しません
 ・呼称は“様”を使いません
 ・役割は、与えません》

 最後の一文に、リヴォルタは思わず小さく笑った。

「……徹底してますね」

 差出人は、誰なのか。
 それすら、どうでもよくなるほどに。

《この提案に、返答は不要です。
 読まれた時点で、破棄してください》

 彼女は、読み終えた書簡を折り畳み、火鉢にくべた。

 紙は、静かに燃える。

「……移動、ですか」

 独り言のように呟き、少し考える。

 ここは、温泉があって、空が広くて、人が優しい。
 十分すぎるほど、居心地がいい。

「今のままで、いいですね」

 結論は、すぐに出た。

 午後。

 トレイル・ブレイザーのもとにも、同様の報告が届いていた。

「匿名の提案が、彼女に?」 「はい。
 いずれの国も、直接名乗っていません」

 王は、深く息を吐く。

「……世界が、過剰に学習し始めたな」

 誰もが、正解に近づこうとしている。
 近づきすぎないよう、慎重に。

「だが、彼女が動かない限り、均衡は保たれる」 「拒否の返答は?」 「不要だ。
 返さないこと自体が、答えになる」

 夕方、町では小さな出来事があった。

 新しく来た旅人が、宿の前で転びかける。

「あっ――」

 だが、転ばない。
 足元の石が、わずかにずれていた。

「……今の、危なかったですね」 「ですね」

 リヴォルタは、少し驚きつつも、軽く頷いた。

 彼女は気づかない。
 “転ばなかった理由”を考えない。

 夜。

 露天風呂で、彼女は星を眺める。

「……最近、選択肢が増えた気がします」

 だが、そのどれもが、
 選ばなくていい選択肢だ。

「増えたのは、自由……でしょうか」

 湯気が、夜空に溶けていく。

 その頃、いくつもの国で、同時に決断が下されていた。

 ――彼女に、提案はしてもいい。
 ――だが、応じさせようとしてはいけない。

 触れられない提案は、
 世界が自分自身に課した、
 最後の制限だった。

 そして中心では、
 リヴォルタ・レーレが、
 今日も何も決めず、
 何も変えず、
 穏やかに湯に浸かっている。

 それが、
 すべてを最も良い形に保つ――
 唯一の選択だと、
 世界だけが、知っていた。
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