婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第24話 招かれない会談

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第24話 招かれない会談

 温泉郷の朝は、相変わらず穏やかだった。

「……今日は、少し曇りですね」

 リヴォルタ・レーレは湯治宿の縁側で、湯気の立つ湯のみを手に空を見上げる。
 雨の匂いはない。
 降るとしても、夜だろう――そんな“ちょうどいい”曇り空。

 その頃、彼女のいない場所では、世界が勝手に集まっていた。

 場所は、温泉郷から半日ほど離れた中立都市。
 どの国の旗も掲げられていない、無地の会議場。

「彼女を議題にする以上、近すぎてはいけない」

 最初にそう言ったのは、学者だった。

「だが、遠すぎても意味がない」 「……難しい距離だな」

 集まったのは、三か国の代表。
 王、宰相、学術顧問。

 だが――
 肝心の彼女は、招かれていない。

「本人抜きで会談とは、前代未聞だ」 「だが、それが唯一の正解だ」

 誰かが、皮肉交じりに笑う。

「呼んだ瞬間、彼女は“役割”になる」 「役割になった瞬間、守護は歪む」

 議題は、ただ一つ。

 どうすれば、彼女に何もさせずに済むか。

「このまま、温泉郷を静養地として維持する」 「軍の駐留は?」 「不要。むしろ逆効果だ」 「宗教的扱いは?」 「論外だ」

 次々と却下されていく“ありがちな案”。

 最終的に残ったのは、驚くほど地味な方策だった。

「……観光地として、過剰に持ち上げない」 「噂を広めない」 「英雄譚を作らない」 「ただの、静かな温泉地として扱う」

 沈黙。

 そして、全員が同時に頷いた。

「それが、最も難しいな」 「だが、やるしかない」

 会談は、わずか一刻で終わった。
 条約も、署名もない。

 あるのは、
 暗黙の了解だけ。

 一方、当の本人。

「……お饅頭、まだですか?」

 宿の台所を覗きながら、リヴォルタは首を傾げていた。

「もうすぐですよ」 「楽しみです」

 世界の命運を左右する存在が、
 饅頭を心待ちにしている――
 誰が信じるだろうか。

 午後、町に新しい噂が流れた。

「近々、大きな会議があるらしい」 「ここで?」 「いや、遠くで」

 誰も、気に留めない。

 この町では、
 大事なことほど、遠くで決まるのが常識になりつつあった。

 夕方。

 空が、少しだけ明るくなる。
 曇りは、ほどよく散っていった。

「……今日は、雨降らなかったですね」

 リヴォルタは、少し残念そうに言う。

「洗濯物、外に干せました」

 その言葉通り、町は一日中、何事もなかった。

 夜。

 露天風呂で、彼女は湯に浸かりながら、ぼんやりと考える。

「……最近、誰も何も言ってきませんね」

 不満ではない。
 むしろ、安堵。

「このままで、いいんですけど」

 その瞬間、
 中立都市では、会談の記録がすべて破棄された。

 名前も、議事録も残さない。

 なぜなら――
 記録に残すことすら、彼女には重いと、
 全員が理解していたからだ。

 こうしてまた一日、
 世界は彼女を避け、
 彼女は世界を気にせず、
 完全な均衡が、静かに保たれていく。

 ――招かれない会談は、
 何も決めなかった。

 だが、
 何もしないことを、全員で決めた
 という点で、
 史上最も重要な会談だった。
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