婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第23話 世界が遠慮しはじめた日

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第23話 世界が遠慮しはじめた日

 その日、温泉郷には「会議」がなかった。

 だが――
 世界規模の合意が、静かに成立していた。

 きっかけは、小さな出来事だった。

 山を越える街道で、落石が発生した。
 本来なら、通行人が数名巻き込まれてもおかしくない規模だ。

 だが。

「……誰も、いない?」

 調査に来た役人は、現場を見て言葉を失った。

 崩れた岩の直前で、馬車は引き返している。
 旅人は、なぜか別の道を選んでいる。
 商人は「今日はやめておこう」と出立を遅らせていた。

 誰一人、そこにいなかった。

 原因は、分からない。
 理由も、ない。

 ただ、「そうしたほうがいい気がした」。
 それだけだった。

 その報告は、各国に同時に届く。

「偶然にしては、出来すぎている」 「もはや、守護というより――調整だな」 「世界そのものが、彼女に遠慮している」

 ある国の宰相は、そう評した。

 無理に動かせば、世界が歪む。
 近づきすぎれば、均衡が崩れる。

 ならばどうするか。

 何もしない者に対して、世界も何もしない。

 それが、最も安全だという結論だった。

 一方、その頃。

「……今日は、道が空いてますね」

 リヴォルタ・レーレは、町外れの湯治場へ向かう途中、そう呟いた。

 普段なら、商人の馬車や旅人で賑わう道だ。
 だが今日は、驚くほど静かだ。

「たまには、こういう日もありますよ」

 宿の娘が、笑って答える。

 理由など、誰も考えない。
 考えなくていいように、世界が整えている。

 昼、遠国からの書簡が、トレイル・ブレイザーのもとに集まっていた。

「“不可侵の中心”として扱う、ですか」 「はい。
 軍事・外交・宗教、すべてから切り離す、と」

 王は、少し考えてから、頷いた。

「妥当だな」 「保護ではなく?」 「保護という言葉も、彼女には重い」

 求めること自体が、負担になる。

「だから、遠慮する」 「……遠慮、ですか」 「そうだ。
 最も穏やかな敬意だ」

 夕方、町の掲示板には新しい張り紙が出ていた。

《温泉郷周辺は、静養地につき、
 不要な工事・集会・演説を控えること》

 誰も反対しなかった。
 誰も理由を問わなかった。

 夜。

 露天風呂に浸かりながら、リヴォルタは星を眺める。

「……今日は、やけに静かですね」

 風もなく、虫の声も控えめだ。

「まあ、いいか」

 そう言って、目を閉じる。

 その瞬間、
 世界はまた一つ、学習した。

 ――この人の周囲では、
 騒がないほうがいい。

 それが、秩序であり、
 平和であり、
 最大の安全策なのだと。

 こうして、誰に命じられるでもなく、
 誰に宣言されるでもなく、

 世界は、自発的に“遠慮”を始めた。

 その中心で、
 リヴォルタ・レーレは今日も、
 何も知らず、
 穏やかに湯気に包まれている。
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