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第22話 近づいてはいけない中心
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第22話 近づいてはいけない中心
視察団が去った翌日から、温泉郷の空気は微妙に変わった。
変わったといっても、天候でも人の態度でもない。
距離感だ。
町の外れに、別の国の紋章を付けた馬車が停まる。
宿には泊まらない。
町に入っても、必要以上に近づかない。
「……ずいぶん、慎重ですね」
縁側で茶を飲みながら、リヴォルタ・レーレはぽつりと呟いた。
「ええ。皆さん、“失礼があってはいけない”と」
宿の主人は、どこか困ったように笑う。
「誰に、ですか?」 「さあ……誰でしょうね」
答えは、二人とも分かっている。
だが、口にしない。
この町は、今や「触れてはいけない場所」になりつつあった。
同時刻、隣国の王城。
「中心に、近づいてはいけません」
学者は、はっきりと言った。
「彼女を“利用しよう”とした瞬間、
守護は不安定になります」 「では、どうすれば?」 「何もしないことです」
その結論は、奇妙だが、観測結果と一致していた。
「接触は最小限。
敬意は示すが、役目は与えない」 「……まるで、自然災害の逆だな」 「ええ。
触れなければ、守ってくれる災厄です」
王は、苦い笑みを浮かべた。
一方、本国。
ザガート・ビジョン・グランツは、他国の動きをまとめた報告書を読み、深く息を吐いた。
「……皆、分かってしまったか」
聖女を呼ぶのではない。
聖女に頼むのでもない。
聖女の“近く”にいること自体が、価値だと。
「我々だけが、最後まで理解できなかった」
後悔は、もう怒りにもならない。
温泉郷では、今日も何事もなく夕方を迎えていた。
「……少し、散歩しましょうか」
リヴォルタが歩き出すと、自然と周囲の人々が道を空ける。
畏怖ではない。
配慮だ。
誰も、彼女に話しかけない。
頼まない。
期待しない。
それが、この土地の“新しい礼儀”になっていた。
橋を渡るとき、遠くで子どもが走って転びかけた。
だが、転ばない。
「……あぶない」
思わず声を上げたリヴォルタは、胸をなで下ろす。
「よかったですね」
そばにいた母親が、にこやかに礼を言う。
「はい……」
それだけで、会話は終わる。
夜、露天風呂。
「……今日は、人が多かったですね」
独り言のように呟き、湯に浸かる。
彼女は知らない。
今日一日、
彼女のいる半径数十里で、
事故未遂が七件、災害未遂が三件、
すべて“未遂”のまま終わったことを。
誰も報告しない。
記録にも残らない。
だからこそ、守護は歪まない。
遠くの国々は、ようやく学び始めていた。
――近づいてはいけない。
――動かしてはいけない。
――期待してはいけない。
何もしない聖女の中心には、
“触れないこと”こそが、最大の敬意であると。
その中心で、
リヴォルタ・レーレは今日も、
何も知らないまま、
静かに湯気に包まれていた。
視察団が去った翌日から、温泉郷の空気は微妙に変わった。
変わったといっても、天候でも人の態度でもない。
距離感だ。
町の外れに、別の国の紋章を付けた馬車が停まる。
宿には泊まらない。
町に入っても、必要以上に近づかない。
「……ずいぶん、慎重ですね」
縁側で茶を飲みながら、リヴォルタ・レーレはぽつりと呟いた。
「ええ。皆さん、“失礼があってはいけない”と」
宿の主人は、どこか困ったように笑う。
「誰に、ですか?」 「さあ……誰でしょうね」
答えは、二人とも分かっている。
だが、口にしない。
この町は、今や「触れてはいけない場所」になりつつあった。
同時刻、隣国の王城。
「中心に、近づいてはいけません」
学者は、はっきりと言った。
「彼女を“利用しよう”とした瞬間、
守護は不安定になります」 「では、どうすれば?」 「何もしないことです」
その結論は、奇妙だが、観測結果と一致していた。
「接触は最小限。
敬意は示すが、役目は与えない」 「……まるで、自然災害の逆だな」 「ええ。
触れなければ、守ってくれる災厄です」
王は、苦い笑みを浮かべた。
一方、本国。
ザガート・ビジョン・グランツは、他国の動きをまとめた報告書を読み、深く息を吐いた。
「……皆、分かってしまったか」
聖女を呼ぶのではない。
聖女に頼むのでもない。
聖女の“近く”にいること自体が、価値だと。
「我々だけが、最後まで理解できなかった」
後悔は、もう怒りにもならない。
温泉郷では、今日も何事もなく夕方を迎えていた。
「……少し、散歩しましょうか」
リヴォルタが歩き出すと、自然と周囲の人々が道を空ける。
畏怖ではない。
配慮だ。
誰も、彼女に話しかけない。
頼まない。
期待しない。
それが、この土地の“新しい礼儀”になっていた。
橋を渡るとき、遠くで子どもが走って転びかけた。
だが、転ばない。
「……あぶない」
思わず声を上げたリヴォルタは、胸をなで下ろす。
「よかったですね」
そばにいた母親が、にこやかに礼を言う。
「はい……」
それだけで、会話は終わる。
夜、露天風呂。
「……今日は、人が多かったですね」
独り言のように呟き、湯に浸かる。
彼女は知らない。
今日一日、
彼女のいる半径数十里で、
事故未遂が七件、災害未遂が三件、
すべて“未遂”のまま終わったことを。
誰も報告しない。
記録にも残らない。
だからこそ、守護は歪まない。
遠くの国々は、ようやく学び始めていた。
――近づいてはいけない。
――動かしてはいけない。
――期待してはいけない。
何もしない聖女の中心には、
“触れないこと”こそが、最大の敬意であると。
その中心で、
リヴォルタ・レーレは今日も、
何も知らないまま、
静かに湯気に包まれていた。
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