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第21話 何もしない聖女のいる国
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第21話 何もしない聖女のいる国
その異変に、最初に気づいたのは学者だった。
隣国の王都、王立学院。
積み重ねられた気象記録と事故統計を前に、老学者は何度も眼鏡を押し上げていた。
「……おかしい」
声は、かすれている。
「この地域だけ、異常に安定している」
彼の指先が示す地図には、一点を中心とした円が描かれていた。
それは、温泉郷――リヴォルタ・レーレが滞在する土地だ。
「天候、地盤、事故発生率、魔物出現数……すべてが、平均値を下回っている」 「つまり、平和だということですか」
若い助手の問いに、老学者は首を振った。
「違う。
平和すぎる」
偶然では説明できない。
意図的な制御があるとしか思えない数値。
だが、その制御を行っている者が、何もしていないという事実が、さらに異様だった。
「……聖女、ですか」 「いや。公式には、もう聖女ではない」
老学者は、苦笑する。
「肩書きが消えた途端に、
世界の方が答えを出した、というわけだ」
一方、当の本人。
温泉郷の朝は、今日も変わらない。
「……少し、長く寝すぎましたかね」
布団を畳み、縁側に出る。
空は薄曇りだが、雨の気配はない。
歩き出した瞬間、足元の小石が転がった。
だが、不思議と滑らない。
「……?」
一瞬だけ首を傾げてから、リヴォルタは気にせず歩き続けた。
彼女にとって、これは「よくあること」だ。
午前中、町に見慣れない馬車が入ってきた。
紋章は、別の国のもの。
だが、護衛は少なく、威圧感もない。
「視察団だそうです」 「……視察、ですか?」
宿の主人の言葉に、リヴォルタは湯のみを手にしたまま答える。
「最近、この辺りが注目されてましてね」 「どうして?」
純粋な疑問だった。
「事故がない、災害がない、魔物が出ない。
どの国も、不思議に思っているんですよ」
リヴォルタは、少しだけ考えた。
「……温泉がいいから、でしょうか」 「はは、そうかもしれませんな」
誰も、その答えを否定できなかった。
午後、視察団は町を歩き回った。
橋の強度。
道の傾斜。
建物の配置。
どれも、特別な工夫はない。
普通の町だ。
「……なのに、事故が起きない」 「人が転ばない」 「子どもが走っても、怪我をしない」
彼らは、困惑していた。
その様子を、リヴォルタは遠くから眺めている。
「……大変そうですね」
それだけ言って、露天風呂へ向かった。
湯に浸かり、目を閉じる。
「ごくらく……」
その瞬間。
遠く離れた別の国で、
発生しかけていた嵐が、進路を変えた。
誰も知らない。
記録にも残らない。
だが、確かに「何か」が起きている。
夕刻、トレイル・ブレイザーは報告を受けていた。
「他国の視察団が、動き始めました」 「想定内だ」
王は、冷静だった。
「だが、我々は何も変えない」 「彼女にも、知らせませんか?」 「不要だ」
むしろ、知らせてはいけない。
「自覚させた瞬間、
彼女は“何かをしよう”とする」 「……」 「それは、この国にとって、最悪だ」
王は、窓の外の温泉郷を見やる。
「彼女は、何もしない。
それでいい。
それが、最善だ」
夜。
リヴォルタは、星空を見上げていた。
「……今日も、平和ですね」
視察団も、学者も、王も。
皆が、彼女を中心に動き始めている。
だが、彼女だけは――
相変わらず、何もしていない。
そして、その「何もしなさ」こそが、
いまや世界を動かす、
最大の力になりつつあった。
その異変に、最初に気づいたのは学者だった。
隣国の王都、王立学院。
積み重ねられた気象記録と事故統計を前に、老学者は何度も眼鏡を押し上げていた。
「……おかしい」
声は、かすれている。
「この地域だけ、異常に安定している」
彼の指先が示す地図には、一点を中心とした円が描かれていた。
それは、温泉郷――リヴォルタ・レーレが滞在する土地だ。
「天候、地盤、事故発生率、魔物出現数……すべてが、平均値を下回っている」 「つまり、平和だということですか」
若い助手の問いに、老学者は首を振った。
「違う。
平和すぎる」
偶然では説明できない。
意図的な制御があるとしか思えない数値。
だが、その制御を行っている者が、何もしていないという事実が、さらに異様だった。
「……聖女、ですか」 「いや。公式には、もう聖女ではない」
老学者は、苦笑する。
「肩書きが消えた途端に、
世界の方が答えを出した、というわけだ」
一方、当の本人。
温泉郷の朝は、今日も変わらない。
「……少し、長く寝すぎましたかね」
布団を畳み、縁側に出る。
空は薄曇りだが、雨の気配はない。
歩き出した瞬間、足元の小石が転がった。
だが、不思議と滑らない。
「……?」
一瞬だけ首を傾げてから、リヴォルタは気にせず歩き続けた。
彼女にとって、これは「よくあること」だ。
午前中、町に見慣れない馬車が入ってきた。
紋章は、別の国のもの。
だが、護衛は少なく、威圧感もない。
「視察団だそうです」 「……視察、ですか?」
宿の主人の言葉に、リヴォルタは湯のみを手にしたまま答える。
「最近、この辺りが注目されてましてね」 「どうして?」
純粋な疑問だった。
「事故がない、災害がない、魔物が出ない。
どの国も、不思議に思っているんですよ」
リヴォルタは、少しだけ考えた。
「……温泉がいいから、でしょうか」 「はは、そうかもしれませんな」
誰も、その答えを否定できなかった。
午後、視察団は町を歩き回った。
橋の強度。
道の傾斜。
建物の配置。
どれも、特別な工夫はない。
普通の町だ。
「……なのに、事故が起きない」 「人が転ばない」 「子どもが走っても、怪我をしない」
彼らは、困惑していた。
その様子を、リヴォルタは遠くから眺めている。
「……大変そうですね」
それだけ言って、露天風呂へ向かった。
湯に浸かり、目を閉じる。
「ごくらく……」
その瞬間。
遠く離れた別の国で、
発生しかけていた嵐が、進路を変えた。
誰も知らない。
記録にも残らない。
だが、確かに「何か」が起きている。
夕刻、トレイル・ブレイザーは報告を受けていた。
「他国の視察団が、動き始めました」 「想定内だ」
王は、冷静だった。
「だが、我々は何も変えない」 「彼女にも、知らせませんか?」 「不要だ」
むしろ、知らせてはいけない。
「自覚させた瞬間、
彼女は“何かをしよう”とする」 「……」 「それは、この国にとって、最悪だ」
王は、窓の外の温泉郷を見やる。
「彼女は、何もしない。
それでいい。
それが、最善だ」
夜。
リヴォルタは、星空を見上げていた。
「……今日も、平和ですね」
視察団も、学者も、王も。
皆が、彼女を中心に動き始めている。
だが、彼女だけは――
相変わらず、何もしていない。
そして、その「何もしなさ」こそが、
いまや世界を動かす、
最大の力になりつつあった。
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