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第27話 失われた役割の行き先
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第27話 失われた役割の行き先
その頃、本国では――
空席が問題になっていた。
王都の大神殿。
かつて「聖女の間」と呼ばれていた部屋は、今もそのまま残っている。
だが、そこに座る者はいない。
「……結局、誰も“代わり”になれなかったな」
ザガート・ビジョン・グランツは、無人の玉座を見つめて呟いた。
新聖女マーレン・エルバは、確かに能力を持っている。
祈り、詠唱し、癒やす力。
だが――
常に起こる事故を“治す”だけでは、追いつかない。
「被害は抑えられている」 「だが、“起きない”わけではない」
報告書には、数字が並ぶ。
落馬。
倒壊寸前の建物。
魔物の小規模襲撃。
すべて、対処はできている。
だが、対処が必要な時点で、
かつてとは違う。
「……以前は、報告そのものが少なかった」
それを、ようやく理解し始めていた。
マーレン自身も、限界を感じていた。
「……また、呼ばれましたか」
大神殿の奥で、彼女は深く息を吐く。
祈り続ける日々。
詠唱をやめれば、何かが起きる不安。
「私、聖女なのに……」
言葉は、続かなかった。
自分が足りないのではない。
だが、“存在するだけで守る”役割は、
どう努力しても、埋められない。
誰も責めない。
だが、誰も満足しない。
それが、最も苦しい。
一方、温泉郷。
「……あ、忘れ物しました」
リヴォルタ・レーレは、湯治場の脱衣所で小さく声を上げた。
戻ろうとして、ふと足を止める。
「……あとで、いいですね」
そう言って、引き返さなかった。
その瞬間、
棚の上に置かれていた小瓶が、
わずかに傾いて止まる。
落ちない。
割れない。
誰にも気づかれない。
午後、温泉郷を訪れた行商人たちが、口を揃えて言う。
「ここは、不思議と疲れませんね」 「道中は大変だったのに」
境を越えた瞬間、
肩の力が抜ける感覚。
それが、“守護の境界”だとは、誰も言わない。
夕刻、トレイル・ブレイザーは、ある報告を受けていた。
「本国で、聖女制度の見直しが始まったそうです」 「……当然だろう」
王は、静かに言う。
「彼女がいない以上、
“一人にすべてを背負わせる制度”は成立しない」 「では、どうなると?」 「分散だ」
役割を、奇跡を、責任を。
すべて、少しずつ分ける。
「それは、彼女が最初からやっていたことだ」 「……存在するだけで、ですか」 「そう」
皮肉なことに、
彼女が抜けたことで、世界はようやく“彼女の在り方”を学び始めた。
夜。
露天風呂で、リヴォルタは月を見上げていた。
「……最近、夜が静かですね」
不安ではない。
ただ、穏やか。
「まあ、いいか」
肩まで湯に浸かり、目を閉じる。
そのとき、本国では、
聖女の玉座に布が掛けられた。
埋めることを、諦めた証だ。
役割は、失われた。
だが同時に、
誰にも押し付けられない未来が、
静かに始まっていた。
そして中心では、
その変化すら知らない元聖女が、
今日も何もせず、
何も失わず、
穏やかに湯気に包まれている。
――失われた役割の行き先は、
誰かの肩ではなく、
世界そのものだった。
その頃、本国では――
空席が問題になっていた。
王都の大神殿。
かつて「聖女の間」と呼ばれていた部屋は、今もそのまま残っている。
だが、そこに座る者はいない。
「……結局、誰も“代わり”になれなかったな」
ザガート・ビジョン・グランツは、無人の玉座を見つめて呟いた。
新聖女マーレン・エルバは、確かに能力を持っている。
祈り、詠唱し、癒やす力。
だが――
常に起こる事故を“治す”だけでは、追いつかない。
「被害は抑えられている」 「だが、“起きない”わけではない」
報告書には、数字が並ぶ。
落馬。
倒壊寸前の建物。
魔物の小規模襲撃。
すべて、対処はできている。
だが、対処が必要な時点で、
かつてとは違う。
「……以前は、報告そのものが少なかった」
それを、ようやく理解し始めていた。
マーレン自身も、限界を感じていた。
「……また、呼ばれましたか」
大神殿の奥で、彼女は深く息を吐く。
祈り続ける日々。
詠唱をやめれば、何かが起きる不安。
「私、聖女なのに……」
言葉は、続かなかった。
自分が足りないのではない。
だが、“存在するだけで守る”役割は、
どう努力しても、埋められない。
誰も責めない。
だが、誰も満足しない。
それが、最も苦しい。
一方、温泉郷。
「……あ、忘れ物しました」
リヴォルタ・レーレは、湯治場の脱衣所で小さく声を上げた。
戻ろうとして、ふと足を止める。
「……あとで、いいですね」
そう言って、引き返さなかった。
その瞬間、
棚の上に置かれていた小瓶が、
わずかに傾いて止まる。
落ちない。
割れない。
誰にも気づかれない。
午後、温泉郷を訪れた行商人たちが、口を揃えて言う。
「ここは、不思議と疲れませんね」 「道中は大変だったのに」
境を越えた瞬間、
肩の力が抜ける感覚。
それが、“守護の境界”だとは、誰も言わない。
夕刻、トレイル・ブレイザーは、ある報告を受けていた。
「本国で、聖女制度の見直しが始まったそうです」 「……当然だろう」
王は、静かに言う。
「彼女がいない以上、
“一人にすべてを背負わせる制度”は成立しない」 「では、どうなると?」 「分散だ」
役割を、奇跡を、責任を。
すべて、少しずつ分ける。
「それは、彼女が最初からやっていたことだ」 「……存在するだけで、ですか」 「そう」
皮肉なことに、
彼女が抜けたことで、世界はようやく“彼女の在り方”を学び始めた。
夜。
露天風呂で、リヴォルタは月を見上げていた。
「……最近、夜が静かですね」
不安ではない。
ただ、穏やか。
「まあ、いいか」
肩まで湯に浸かり、目を閉じる。
そのとき、本国では、
聖女の玉座に布が掛けられた。
埋めることを、諦めた証だ。
役割は、失われた。
だが同時に、
誰にも押し付けられない未来が、
静かに始まっていた。
そして中心では、
その変化すら知らない元聖女が、
今日も何もせず、
何も失わず、
穏やかに湯気に包まれている。
――失われた役割の行き先は、
誰かの肩ではなく、
世界そのものだった。
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