28 / 40
第28話 境界線のこちら側
しおりを挟む
第28話 境界線のこちら側
温泉郷へ向かう街道に、新しい標識が立った。
《この先、静養地につき
不要な急ぎ・大声・争いを控えよ》
文字は簡素。
命令口調でもない。
だが、誰も破ろうとはしなかった。
「……不思議な文言だな」 「でも、言われなくても、そうしたくなる」
旅人たちは、自然と声を落とし、歩調を緩める。
境界を越えた瞬間、空気が変わるのを感じるからだ。
一方、その“境界の中心”。
「……今日は、風が気持ちいいですね」
リヴォルタ・レーレは、川沿いの石に腰を下ろし、足を湯に浸していた。
ぬるめの湯が、ゆっくりと流れていく。
何かを守っている自覚はない。
ただ、心地いい場所にいるだけだ。
昼前、境界の外で小競り合いが起きた。
荷の行き違い。
言葉の行き違い。
いつものことだ。
剣が抜かれかけ、声が荒れる。
――だが。
「……やめよう」 「そうだな」
理由もなく、双方が引いた。
争いは、境界を越えなかった。
後で聞けば、
“この先で揉めるのは、なんとなく気が引けた”
ただ、それだけだった。
午後、学者の一団が境界線の測量を行っていた。
「半径は、ほぼ一定だ」 「移動は……?」 「中心が動けば、境界も動く」
それ以上、調べる必要はなかった。
結論は、もう出ている。
「守っているのは、土地ではない」 「人だ」
そして、その人は、
境界を意識していない。
夕方。
「……そろそろ戻りましょうか」
リヴォルタは、立ち上がり、宿へ向かう。
彼女が一歩進むたび、
見えない線が、静かにずれていく。
夜、トレイル・ブレイザーは、国境の報告を読んでいた。
「境界のこちら側では、
争いが“未然に終わる”事例が増えています」 「人は、理由がなくても引ける」 「……いい傾向だ」
王は、短く頷く。
「力で止めるのではない」 「“越えない”選択をさせる」 「それが、最も長く続く平和だ」
露天風呂。
星が、川面に映る。
「……今日は、外が賑やかでしたね」
賑やか、という言葉は正確ではない。
だが、彼女にはそう感じられた。
「でも、静かでした」
矛盾した感想。
だが、世界はその通りに動いている。
境界線のこちら側では、
人は急がず、争わず、壊さない。
境界線の向こう側では、
いつも通りの世界が続く。
その差は、
剣でも、魔法でもない。
ただ――
ここに、彼女がいるかどうか。
リヴォルタ・レーレは、湯に肩まで浸かり、目を閉じる。
「……今日も、平和ですね」
それが、境界線のこちら側で、
最も自然な結論だった。
温泉郷へ向かう街道に、新しい標識が立った。
《この先、静養地につき
不要な急ぎ・大声・争いを控えよ》
文字は簡素。
命令口調でもない。
だが、誰も破ろうとはしなかった。
「……不思議な文言だな」 「でも、言われなくても、そうしたくなる」
旅人たちは、自然と声を落とし、歩調を緩める。
境界を越えた瞬間、空気が変わるのを感じるからだ。
一方、その“境界の中心”。
「……今日は、風が気持ちいいですね」
リヴォルタ・レーレは、川沿いの石に腰を下ろし、足を湯に浸していた。
ぬるめの湯が、ゆっくりと流れていく。
何かを守っている自覚はない。
ただ、心地いい場所にいるだけだ。
昼前、境界の外で小競り合いが起きた。
荷の行き違い。
言葉の行き違い。
いつものことだ。
剣が抜かれかけ、声が荒れる。
――だが。
「……やめよう」 「そうだな」
理由もなく、双方が引いた。
争いは、境界を越えなかった。
後で聞けば、
“この先で揉めるのは、なんとなく気が引けた”
ただ、それだけだった。
午後、学者の一団が境界線の測量を行っていた。
「半径は、ほぼ一定だ」 「移動は……?」 「中心が動けば、境界も動く」
それ以上、調べる必要はなかった。
結論は、もう出ている。
「守っているのは、土地ではない」 「人だ」
そして、その人は、
境界を意識していない。
夕方。
「……そろそろ戻りましょうか」
リヴォルタは、立ち上がり、宿へ向かう。
彼女が一歩進むたび、
見えない線が、静かにずれていく。
夜、トレイル・ブレイザーは、国境の報告を読んでいた。
「境界のこちら側では、
争いが“未然に終わる”事例が増えています」 「人は、理由がなくても引ける」 「……いい傾向だ」
王は、短く頷く。
「力で止めるのではない」 「“越えない”選択をさせる」 「それが、最も長く続く平和だ」
露天風呂。
星が、川面に映る。
「……今日は、外が賑やかでしたね」
賑やか、という言葉は正確ではない。
だが、彼女にはそう感じられた。
「でも、静かでした」
矛盾した感想。
だが、世界はその通りに動いている。
境界線のこちら側では、
人は急がず、争わず、壊さない。
境界線の向こう側では、
いつも通りの世界が続く。
その差は、
剣でも、魔法でもない。
ただ――
ここに、彼女がいるかどうか。
リヴォルタ・レーレは、湯に肩まで浸かり、目を閉じる。
「……今日も、平和ですね」
それが、境界線のこちら側で、
最も自然な結論だった。
10
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。
リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる