婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第29話 世界が学んだ、正しい距離

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第29話 世界が学んだ、正しい距離

 変化は、報告書の数字に現れ始めていた。

 各国の王城。
 机に並ぶのは、事故件数、紛争件数、魔物被害の推移。

「……減っているな」 「ええ。特定の地域だけですが」

 地図に引かれた円。
 温泉郷を中心に、淡く広がる範囲。

 そこでは、
 争いが拡大しない。
 事故が連鎖しない。
 不幸が“続かない”。

「直接の原因は?」 「分かりません」 「対策は?」 「……何もしない、です」

 会議室に、乾いた笑いが漏れた。

 世界はようやく理解した。
 最適解は、介入しないことだと。

 一方、その中心。

「……今日は、魚がよく焼けてますね」

 夕餉の席で、リヴォルタ・レーレは素直に感想を口にする。
 それだけのこと。

 誰も、彼女に報告を持ってこない。
 知らせない。
 頼らない。

 それが、この土地の礼儀になった。

 午後、境界の外で起きた出来事。

 小さな地滑り。
 本来なら、村道を塞ぎ、物流を止める規模。

 だが、誰も巻き込まれなかった。
 人は、自然と別の道を選んでいた。

「……なぜ、あの道を使わなかった?」 「分かりません。
 ただ、今日は違う気がして」

 理由のない判断。
 だが、その積み重ねが、被害を消していく。

 学者は、静かに記した。

《守護とは、
 不幸を防ぐ力ではない。
 不幸を“選ばせない”環境である》

 夜。

 トレイル・ブレイザーは、城の露台で風を感じていた。

「……彼女は、何も言わないな」 「はい」 「それでいい」

 王は、確信している。

「言葉にした瞬間、
 人は“利用”しようとする」 「沈黙が、最大の防壁ですか」 「そうだ」

 沈黙は、拒絶ではない。
 尊重だ。

 露天風呂。

 湯気の向こうに、月が浮かぶ。

「……最近、夜風が柔らかいですね」

 リヴォルタは、そう呟いて目を閉じた。

 彼女は知らない。

 この日、
 四つの国が同時に方針を改めたことを。

 ――彼女を中心に、
 半径を侵さない
 ――呼ばない
 ――称えない
 ――役割を与えない

 それが、
 世界が学んだ「正しい距離」だった。

 そして、その距離を守る限り、
 世界は壊れない。

 何も命じられず、
 何も求められず、
 何も知らされない中心で、

 リヴォルタ・レーレは、今日も静かに湯に浸かっている。

 それが、
 この世界にとって、
 最も賢明な判断だと――
 世界のほうが、先に理解していた。
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