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第30話 呼ばれないという安定
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第30話 呼ばれないという安定
その日、本国の王城では、久しぶりに「呼ぶべきかどうか」という議題が上がった。
議題にした時点で、遅い。
それを、誰もが理解していた。
「……一応、形式としてだ」
発言した貴族は、言い訳のように前置きをする。
「国境付近の被害が続いている」 「新聖女マーレンでは、対処が追いつかない場面も出ている」 「そこで、“元聖女”に相談だけでも――」
その言葉が終わる前に、会議室は静まり返った。
誰も怒らない。
誰も否定しない。
ただ、空気が凍った。
ザガート・ビジョン・グランツは、ゆっくりと口を開く。
「……相談、とは何だ?」 「それは……」 「彼女に、考えさせることか?」 「……」 「決断させることか?」 「……」 「それとも、“責任を思い出させる”ことか?」
誰も答えられなかった。
「我々は、もう知っているはずだ」 「彼女は、“何もしない”ことで世界を守っていた」 「そして――」
ザガートは、はっきりと言い切る。
「呼ばないことこそが、最大の支援だ」
その言葉に、反論は出なかった。
呼べば、彼女は応じてしまう。
優しいから。
逃げないから。
だからこそ、呼んではいけない。
一方、その頃。
「……今日は、洗濯日和ですね」
温泉郷の空は、高く澄んでいた。
雲は薄く、風は穏やか。
リヴォルタ・レーレは、洗濯物を干しながら、素直にそう思った。
肩に重さはない。
胸に焦りもない。
誰かを助けなければ、という声が、
もう聞こえないからだ。
昼、町の子どもたちが川辺で遊んでいる。
「走ると危ないよ」 「大丈夫だよ!」
結果として、
誰も転ばず、誰も怪我をしない。
それを、奇跡だとは誰も思わない。
ここでは、それが普通になっている。
午後、トレイル・ブレイザーのもとに報告が届く。
「本国で、正式に“呼ばない方針”が決定されたそうです」 「……そうか」
王は、少しだけ目を閉じた。
「遅すぎるくらいだが」 「それでも、間に合いますか?」 「間に合う」
即答だった。
「彼女は、まだここにいる」 「何もしていない」 「それで、世界は保たれている」
間に合うかどうかを決めるのは、
彼女ではない。
世界の態度だ。
夜。
露天風呂で、リヴォルタは湯に浸かりながら、ぼんやり考える。
「……最近、誰にも呼ばれませんね」
不安ではない。
むしろ、安心。
「静かで、いいです」
その瞬間、
本国の王城で用意されかけていた一通の草案が、
正式に破棄された。
宛名は、書かれないまま。
こうして世界は、
ようやく理解した。
――呼ばないこと。
――頼らないこと。
――役割を与えないこと。
それが、
最も壊れにくい安定だと。
中心で、
何も知らず、
何も背負わず、
何も選ばないまま、
リヴォルタ・レーレは、
今日も穏やかに湯気に包まれている。
それが、
世界にとって、
正解であり続けていた。
その日、本国の王城では、久しぶりに「呼ぶべきかどうか」という議題が上がった。
議題にした時点で、遅い。
それを、誰もが理解していた。
「……一応、形式としてだ」
発言した貴族は、言い訳のように前置きをする。
「国境付近の被害が続いている」 「新聖女マーレンでは、対処が追いつかない場面も出ている」 「そこで、“元聖女”に相談だけでも――」
その言葉が終わる前に、会議室は静まり返った。
誰も怒らない。
誰も否定しない。
ただ、空気が凍った。
ザガート・ビジョン・グランツは、ゆっくりと口を開く。
「……相談、とは何だ?」 「それは……」 「彼女に、考えさせることか?」 「……」 「決断させることか?」 「……」 「それとも、“責任を思い出させる”ことか?」
誰も答えられなかった。
「我々は、もう知っているはずだ」 「彼女は、“何もしない”ことで世界を守っていた」 「そして――」
ザガートは、はっきりと言い切る。
「呼ばないことこそが、最大の支援だ」
その言葉に、反論は出なかった。
呼べば、彼女は応じてしまう。
優しいから。
逃げないから。
だからこそ、呼んではいけない。
一方、その頃。
「……今日は、洗濯日和ですね」
温泉郷の空は、高く澄んでいた。
雲は薄く、風は穏やか。
リヴォルタ・レーレは、洗濯物を干しながら、素直にそう思った。
肩に重さはない。
胸に焦りもない。
誰かを助けなければ、という声が、
もう聞こえないからだ。
昼、町の子どもたちが川辺で遊んでいる。
「走ると危ないよ」 「大丈夫だよ!」
結果として、
誰も転ばず、誰も怪我をしない。
それを、奇跡だとは誰も思わない。
ここでは、それが普通になっている。
午後、トレイル・ブレイザーのもとに報告が届く。
「本国で、正式に“呼ばない方針”が決定されたそうです」 「……そうか」
王は、少しだけ目を閉じた。
「遅すぎるくらいだが」 「それでも、間に合いますか?」 「間に合う」
即答だった。
「彼女は、まだここにいる」 「何もしていない」 「それで、世界は保たれている」
間に合うかどうかを決めるのは、
彼女ではない。
世界の態度だ。
夜。
露天風呂で、リヴォルタは湯に浸かりながら、ぼんやり考える。
「……最近、誰にも呼ばれませんね」
不安ではない。
むしろ、安心。
「静かで、いいです」
その瞬間、
本国の王城で用意されかけていた一通の草案が、
正式に破棄された。
宛名は、書かれないまま。
こうして世界は、
ようやく理解した。
――呼ばないこと。
――頼らないこと。
――役割を与えないこと。
それが、
最も壊れにくい安定だと。
中心で、
何も知らず、
何も背負わず、
何も選ばないまま、
リヴォルタ・レーレは、
今日も穏やかに湯気に包まれている。
それが、
世界にとって、
正解であり続けていた。
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