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30話 崩れ始める派閥
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30話 崩れ始める派閥
アルナージの新たな婚約が公になってから、三日。
王都の空気は、目に見えないところで急速に変質していた。
音を立てて壊れるものではない。
支えを失い、静かに形を保てなくなる――
そんな崩れ方だ。
---
「……最近、
アルナージ派の顔ぶれが揃いませんね」
評議会の控え室で、誰かがそう呟いた。
「当然でしょう」
別の者が、低く答える。
「寄りかかっていた“構図”が、消えた」
それだけで十分だった。
---
これまでアルナージ派は、
曖昧な均衡の上に立っていた。
王太子の不安定な婚約。
平民出身という弱点。
聖女シャマルとの微妙な距離。
それらを材料に、
「まだ情勢は流動的だ」
「次の一手で巻き返せる」
そう言い続けてきた。
だが――
「公爵令嬢との正式婚約成立」
その一文で、
すべての言い訳が使えなくなった。
---
「これ以上、
王太子周りで騒げば逆効果だ」
「下手に動けば、
“婚約者を軽視する勢力”と見られる」
派閥内部の会合は、
以前のような熱を失っていた。
声は低く、
視線は合わない。
---
「……そもそも」
誰かが、重い沈黙を破って言った。
「シャマルを軸にした構図自体、
もう成立しないのでは?」
その瞬間、
空気が凍る。
誰も否定しなかった。
---
シャマルは、
奇跡を起こす聖女だ。
だが同時に、
契約を守り、
余計な発言をせず、
誰の派閥にも深入りしない存在。
――利用しづらい。
派遣を終えて戻ってきた今、
なおさらだ。
「今の彼女を叩けば、
こちらが“不当な圧力側”になる」
「……得がない」
結論は、冷たかった。
---
その頃、
王都では小さな変化が連鎖していた。
アルナージ派に属していた貴族が、
会合を欠席する。
中立を名乗り始める。
あるいは、
何も言わなくなる。
「風向きが変わったな」
誰かがそう言えば、
「いや、
風が止んだんだ」
と、別の声が返る。
---
ウィットンは、
報告書を読みながら、
小さく笑った。
「見事な自己崩壊だ」
「攻撃されていないのに、
崩れる派閥は珍しいですね」
ステルヴィオの言葉に、
彼は肩をすくめる。
「攻撃されなかったからだよ」
「?」
「シャマルが、
何もしなかった」
---
派閥とは、
“対立”があってこそ結束する。
敵がいなければ、
方向も、理由も失う。
「聖女が騒がなかった」
「派遣も、
淡々と終わった」
「婚約も、
別の形で片付いた」
――戦う理由が、消えた。
---
「……これ、
シャマルの狙いだったんでしょうか」
ステルヴィオが、ふと尋ねる。
ウィットンは、即答した。
「違う」
「彼女は、
最初から何も狙っていない」
「ただ、
自分の役目を果たしただけだ」
---
一方、当のシャマルは。
自室で、
紅茶を飲んでいた。
「……最近、
静かですね」
ぽつりと呟く。
「静かすぎて、
少し不安になります」
それは本音だった。
嵐の前触れか、
終わりの合図か。
まだ、分からない。
---
だが。
確実に言えることが一つある。
アルナージ派は、
もはや“派”と呼べる形を
保っていない。
誰も、
声高に解散を宣言しない。
ただ、
集まらなくなった。
それだけだ。
---
その夜、
ある古参貴族が、
静かに言った。
「……結局」
「一番、
厄介だったのは――」
少し笑って、続ける。
「何もしない聖女だったな」
それは、
最大級の評価であり、
最大級の皮肉でもあった。
そして。
派閥が崩れた今、
残る課題は一つ。
――偽装婚約を、
どう終わらせるか。
その舞台は、
すでに整いつつあった。
アルナージの新たな婚約が公になってから、三日。
王都の空気は、目に見えないところで急速に変質していた。
音を立てて壊れるものではない。
支えを失い、静かに形を保てなくなる――
そんな崩れ方だ。
---
「……最近、
アルナージ派の顔ぶれが揃いませんね」
評議会の控え室で、誰かがそう呟いた。
「当然でしょう」
別の者が、低く答える。
「寄りかかっていた“構図”が、消えた」
それだけで十分だった。
---
これまでアルナージ派は、
曖昧な均衡の上に立っていた。
王太子の不安定な婚約。
平民出身という弱点。
聖女シャマルとの微妙な距離。
それらを材料に、
「まだ情勢は流動的だ」
「次の一手で巻き返せる」
そう言い続けてきた。
だが――
「公爵令嬢との正式婚約成立」
その一文で、
すべての言い訳が使えなくなった。
---
「これ以上、
王太子周りで騒げば逆効果だ」
「下手に動けば、
“婚約者を軽視する勢力”と見られる」
派閥内部の会合は、
以前のような熱を失っていた。
声は低く、
視線は合わない。
---
「……そもそも」
誰かが、重い沈黙を破って言った。
「シャマルを軸にした構図自体、
もう成立しないのでは?」
その瞬間、
空気が凍る。
誰も否定しなかった。
---
シャマルは、
奇跡を起こす聖女だ。
だが同時に、
契約を守り、
余計な発言をせず、
誰の派閥にも深入りしない存在。
――利用しづらい。
派遣を終えて戻ってきた今、
なおさらだ。
「今の彼女を叩けば、
こちらが“不当な圧力側”になる」
「……得がない」
結論は、冷たかった。
---
その頃、
王都では小さな変化が連鎖していた。
アルナージ派に属していた貴族が、
会合を欠席する。
中立を名乗り始める。
あるいは、
何も言わなくなる。
「風向きが変わったな」
誰かがそう言えば、
「いや、
風が止んだんだ」
と、別の声が返る。
---
ウィットンは、
報告書を読みながら、
小さく笑った。
「見事な自己崩壊だ」
「攻撃されていないのに、
崩れる派閥は珍しいですね」
ステルヴィオの言葉に、
彼は肩をすくめる。
「攻撃されなかったからだよ」
「?」
「シャマルが、
何もしなかった」
---
派閥とは、
“対立”があってこそ結束する。
敵がいなければ、
方向も、理由も失う。
「聖女が騒がなかった」
「派遣も、
淡々と終わった」
「婚約も、
別の形で片付いた」
――戦う理由が、消えた。
---
「……これ、
シャマルの狙いだったんでしょうか」
ステルヴィオが、ふと尋ねる。
ウィットンは、即答した。
「違う」
「彼女は、
最初から何も狙っていない」
「ただ、
自分の役目を果たしただけだ」
---
一方、当のシャマルは。
自室で、
紅茶を飲んでいた。
「……最近、
静かですね」
ぽつりと呟く。
「静かすぎて、
少し不安になります」
それは本音だった。
嵐の前触れか、
終わりの合図か。
まだ、分からない。
---
だが。
確実に言えることが一つある。
アルナージ派は、
もはや“派”と呼べる形を
保っていない。
誰も、
声高に解散を宣言しない。
ただ、
集まらなくなった。
それだけだ。
---
その夜、
ある古参貴族が、
静かに言った。
「……結局」
「一番、
厄介だったのは――」
少し笑って、続ける。
「何もしない聖女だったな」
それは、
最大級の評価であり、
最大級の皮肉でもあった。
そして。
派閥が崩れた今、
残る課題は一つ。
――偽装婚約を、
どう終わらせるか。
その舞台は、
すでに整いつつあった。
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