婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

文字の大きさ
36 / 40

第三十六話 静かな継承

しおりを挟む
第三十六話 静かな継承

 嵐の対応から数日が過ぎ、辺境公爵領は、完全に日常へ戻っていた。

 復旧は滞りなく進み、
 補償も予定どおり支払われ、
 役所には、すでに次の案件が積まれている。

 誰も、嵐の話を長く引きずらない。
 それは、忘れているからではない。
 “処理が終わった”と、全員が理解しているからだ。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、自治組織の合同会議に久しぶりに顔を出していた。
 議題は、災害対応の事後整理――
 だが、彼女が主導するためではない。

「本日は、聞き役に徹します」

 そう告げると、会議室にわずかな緊張が走る。

「……では、始めます」

 議長役が、深く息を吸って進行を始めた。

 議論は、淡々としている。

 何がうまくいったか。
 どこで迷いが生じたか。
 次に同じ状況が起きた場合、どの判断基準を修正するか。

 誰も、功績を主張しない。
 誰も、責任を押し付けない。

 その流れを、マルグリットは静かに見つめていた。

「……判断が、引き継がれていますね」

 会議後、フェリクス・フォン・グランツが言う。

「はい」

 彼女は、少しだけ目を細める。

「私の考え方ではありません。
 “この領の判断”になっています」

 それが、継承だった。

 役職でも、地位でもない。
 考え方と、距離感と、線引き。

 それらが、誰かの所有物ではなく、
 共有の文化として根づいている。

 午後、王宮から一通の書簡が届いた。

 内容は、短い。

 ――辺境公爵領の災害対応について、
 ――視察を行いたい。

「……来ますか」

 フェリクスが言う。

「はい。
 断る理由はありません」

 だが、マルグリットは続ける。

「ただし、“私を見るための視察”であるなら、
 意味はありません」

 その条件は、明確だった。

 王宮の視察団は、数日後に到着した。
 案内役は、自治組織の責任者たち。

 マルグリットは、同行しない。

「……本当に、出てこないな」

 視察団の一人が、小声で漏らす。

「ええ。
 普段から、こうです」

 案内役は、淡々と答える。

 現場は、よく整っていた。
 手順も、記録も、住民対応も。

「誰の指示ですか」

「規定どおりです」

 同じ答えが、何度も返ってくる。

 王宮の者たちは、戸惑いを隠せなかった。

 誰か一人の判断ではない。
 だが、誰も迷っていない。

 夜、マルグリットは報告を受ける。

「特に問題はありませんでした」

「そうですか」

 それだけで、十分だった。

「……静かな継承」

 彼女は、独り言のように呟く。

 自分が去ったあとも、
 同じ判断がなされること。

 それこそが、
 最も確かな“引き継ぎ”だ。

 王宮では、ロイド・ヴァルシュタインが視察報告を読んでいた。

「……彼女は、もう中心にいない」

 だが、
 彼女がいなくても、
 判断は、確かにそこにある。

「継承されたのは、人ではない」

 ロイドは、静かに結論づける。

「考え方だ」

 辺境公爵領の夜は、今日も穏やかだ。

 マルグリットは、灯りの落ちた廊下を歩く。

「……これで、いい」

 前に立たず、
 名を残さず、
 だが、消えもしない。

 静かな継承は、
 この領を、
 彼女のいない未来へ、
 確かに運んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...