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第三十七話 不在が試される日
しおりを挟むその日は、意図せず訪れた。
朝、城内に一報が入る。
主要街道の一つで、地滑りが発生したという。
「……通行不能です」
報告に、自治組織の責任者たちは即座に集まった。
「被害範囲は?」
「人的被害はなし。
ただし、物流が一部止まります」
判断は、早急に求められた。
だが――
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、その場にいない。
彼女は、領外での定例会合に出ていた。
事前に決まっていた予定で、戻るには半日かかる。
「……どうする」
一瞬の沈黙。
だが、誰も口にしない。
――呼び戻そう。
――判断を仰ごう。
代わりに、議長役が言った。
「規定を確認しよう」
地図が広げられ、記録が並ぶ。
「代替ルートは?」
「二つあります。
距離は伸びますが、即時対応可能です」
「復旧の目処は?」
「三日から五日」
結論は、自然にまとまった。
代替ルートへの即時切り替え。
影響を受ける商人への連絡。
復旧班の派遣。
誰かの声が、静かに言う。
「……彼女がいなくても、決まったな」
「ええ」
それで、いい。
午後、現場はすでに動いていた。
混乱はなく、連絡も行き届いている。
夕方、マルグリットが戻る。
彼女は、執務室に入る前に、簡潔な報告を受けた。
「対応は、すでに完了しています」
資料を受け取り、目を通す。
「……適切です」
その一言で、すべてが終わった。
フェリクス・フォン・グランツが、少しだけ笑う。
「完全に、不在が成立したな」
「はい」
マルグリットは、頷いた。
「私がいないことで、
判断が遅れなかった」
それが、最大の成果だった。
夜、城下町。
商人たちは、代替ルートを使いながらも、通常どおり商いを続けている。
「道が変わっただけだな」
「その分、少し遠いが」
不満は出るが、怒号はない。
仕組みが、機能している。
王宮では、この件も報告に上がっていた。
「……彼女は、その場にいなかった?」
「はい。
戻る前に、すべて決まっていました」
ロイド・ヴァルシュタインは、しばらく黙ってから言った。
「それが、完成形だ」
人がいなくても、
判断が回る。
それは、
個人に依存しないということ。
辺境公爵領の夜は、今日も静かだ。
マルグリットは、窓辺に立つ。
「……不在が、試される日」
小さく呟く。
「そして、試されて、
何も壊れなかった」
それ以上の証明は、いらない。
彼女は、灯りを消す。
もう、常にそこにいる必要はない。
だが、確かに、
この場所に属している。
それが、
マルグリット・フォン・ルーヴェンという存在の、
静かな到達点だった。
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