侯爵令嬢の四十日間 ――均衡が国を変えるまで

ふわふわ

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第十三話 数字の異変

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第十三話 数字の異変

王城の財務局は、いつもなら静かに計算機の音が響くだけの場所だった。

だがこの日は違った。

「……おかしい」

若い書記官が帳簿をめくりながら呟く。

「今月の補修費、予定の一・五倍です」

「どの項目だ」

上席の役人が顔をしかめる。

「南門修繕、倉庫火災対応、橋脚補強……いずれも軽微なはずですが、件数が」

件数。

一つひとつは小さい。

だが、積み重なる。

「税収に影響は?」

「まだ直接的な減少はありません。ただ……」

「ただ?」

「商人の動きが鈍いようです。保険料の引き上げを検討している者も」

保険料。

不安が数字になる瞬間。

王太子アシュレイは報告を受け、眉をひそめる。

「財務の話は後回しだ。まずは民の不安を抑える」

「殿下、数字は民の不安を反映します」

宰相の声は冷静だ。

「小さな損失が続くと、商人は動きを慎重にします」

「だから聖女がいる」

アシュレイは強く言い切る。

「奇跡は示されている」

だが、その奇跡は持続しない。

祈りは効く。

だが、止めきれない。

王都の空気は、目に見えぬ重さを帯び始めていた。

同じ頃、辺境伯領。

家令が帳簿を持って執務室に入る。

「交易税、前月比で一割増です」

ディルクは顔を上げる。

「理由は」

「商人が流入しております。王都から北へ回す動きが増えているようで」

私は静かに耳を傾ける。

「王都から、ですか」

「はい。輸送の安定性を重視していると」

安定。

その言葉が、静かに胸に落ちる。

「事故率は」

「依然として低水準。馬の転倒も、荷崩れもほとんど報告がありません」

ディルクはゆっくりと立ち上がる。

「王都は不安定、こちらは安定」

私は紅茶を置く。

「流れは、数字にも出ますのね」

「数字は嘘をつかん」

彼の声は淡々としているが、内側には確信が滲んでいる。

午後、城下で商人たちが声を弾ませていた。

「北路は安心だ」 「遅延も火災もない」

「今年は当たり年だな」

当たり。

その言葉に、私は足を止める。

王都では、外れが続く。

辺境では、当たりが続く。

ただの偶然。

そう思いたい。

夜、私は書庫に戻る。

昼に読んだ年代記を再び開く。

――幸いの血が去るとき、国は綻ぶ。

指先が止まる。

過去の記録。

百年以上前、王家がある家と縁を断った直後、三年続いた小災厄。

当時も致命的ではなかった。

だが、重なり、国力を削いだ。

私は本を閉じる。

胸の奥の灯が、わずかに強まる。

私は何もしていない。

祈りも、魔法も、ない。

ただ、ここにいる。

それなのに、流れは整う。

遠く王都では、財務局の灯りが遅くまで消えなかった。

計算が合わない。

数字が、じわりと歪む。

まだ破綻ではない。

だが、確実に削られている。

小さな不具合が、数字に変わる。

数字が、不安を裏付ける。

王都と辺境の差は、まだ誰も公に語らない。

だが、帳簿の上ではもう始まっている。

流れの移動が。
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