侯爵令嬢の四十日間 ――均衡が国を変えるまで

ふわふわ

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第十五話 兆しの確信

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第十五話 兆しの確信

辺境伯領に来て、半月が過ぎた。

城下の空気は、以前よりも明らかに軽い。

市場の声は弾み、農夫たちは誇らしげに畑を語る。兵の訓練場では、けが人が出ない日が続いている。

「偶然が続くのも、珍しいものだな」

ディルクが訓練場を見渡しながら言った。

「珍しい、で済めば良いのですが」

私は柔らかく返す。

兵士の一人が駆け寄ってくる。

「北境の巡回、異常なし。敵影も見当たりません」

「補給は?」

「順調です。予定より一日早く到着」

ディルクは短く頷く。

「よくやった」

兵は誇らしげに去っていく。

私はその背中を見送りながら、胸の奥に灯る感覚を確かめる。

穏やかで、静かで、揺らぎのない灯。

何かを“与えている”という実感はない。

ただ、“整っている”と感じる。

午後、書庫で年代記をめくる。

同じ言葉が何度も目に入る。

――幸いの血は、国運を底上げす。

――縁を断てば、流れは揺らぐ。

私は本を閉じる。

迷信だ。

そう言い聞かせる。

だが、心は完全には否定しない。

そのころ王都では、別の空気が広がっていた。

「また倉庫か?」 「今度は西区だ」

小規模な火災。

死者はなし。

だが、商人の一人がつぶやいた。

「最近、保険料が上がった」

「輸送費もだ」

「王都は危ないのか?」

危ない、という言葉が、初めて口に出る。

王太子アシュレイは、重臣たちの前で声を張る。

「不安を広げるな。すべて対処済みだ」

「しかし殿下」

宰相が静かに言う。

「商人が北へ拠点を移し始めております」

「北?」

「ヴァルケン領です」

アシュレイの視線が鋭くなる。

「……偶然だ」

だが胸の奥に、わずかな疑念が芽生える。

辺境では、さらに交易が増えていた。

「王都より安全だと評判です」

家令が帳簿を差し出す。

「流れが変わりましたな」

ディルクが低く言う。

私はその言葉に静かにうなずく。

流れ。

それは目に見えない。

だが、人の動きが証明する。

夕刻、城下の広場で小さな祭りが開かれた。

豊穣を願う、毎年の行事。

例年ならば強風で火が揺らぎ、灯が消えることもあるという。

だが今年は違った。

火は安定し、煙は真っ直ぐ昇る。

「良い兆しだ!」

歓声が上がる。

私は遠くからそれを見つめる。

胸の灯が、祭りの火と呼応するように温かい。

ディルクが隣に立つ。

「君が来てから、この地は静かだ」

「元から強い土地ですわ」

「強いだけでは、続かん」

彼は私を見た。

「偶然が十五日続けば、それは流れになる」

私は答えない。

答えられない。

その夜、王都では再び熱病が再発した。

祈祷は効く。

だが翌日、別の区画で症状が出る。

聖女は疲労を隠しきれない。

王太子は苛立ちを隠せない。

そして辺境では、穏やかさが日常になる。

誰もまだ断言しない。

だが、心の奥で確信が芽生え始めている。

流れは移った。

王都から、辺境へ。

私は塔の上で星を見上げる。

あの日、婚約が解かれた瞬間。

何かがほどけ、何かが動いた。

今、その動きは止まらない。

十五日目。

偶然は、もう偶然ではない。
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