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第十六話 疑念の輪郭
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第十六話 疑念の輪郭
王都の空は、薄曇りだった。
季節外れの湿気が残り、石畳はどこか重たい色をしている。
「西区の熱病、再発者三十二名」
財務局から神殿へ、そして王太子のもとへと報告が回る。
「死者は?」
「おりません。ただ、治癒後三日以内の再発が増加傾向に」
アシュレイは唇を引き結ぶ。
「聖女の祈祷は」
「本日も実施済みです。しかし……」
側近は言葉を選ぶ。
「効き目が半日ほどで薄れております」
「あり得ぬ」
強く否定する声。
だが、その否定に確信はない。
宰相が静かに言う。
「殿下。祈りは対症です。原因が別にある可能性を」
「原因などない。ただの流行だ」
「ではなぜ、他国では報告がないのです」
沈黙。
他国。
辺境伯領。
その名はまだ口に出されない。
だが皆、心のどこかで知っている。
一方、辺境。
朝の風は澄み、城壁の上から見下ろす景色は明るい。
私は書簡を手にしていた。
王都の友人からの私信。
――最近、妙に落ち着かないの。何も大事ではないのに、ずっと小さなことが続くの。
――あなたが去ってから、空気が変わった気がする。
私は手紙を閉じる。
偶然。
そのはず。
城下では、子供たちが走り回り、商人が笑い、兵が鍛錬を続ける。
「今月の事故件数、ゼロです」
家令が報告する。
「橋の補修も不要。崩落の兆しなし」
ディルクは腕を組み、私を見る。
「王都では続き、こちらでは止まる」
「土地の相性でしょうか」
私は微笑む。
「相性、か」
彼はゆっくりと頷く。
「君と、この地の」
その言葉に、胸の奥の灯がわずかに強くなる。
温かく、しかし穏やか。
私は何もしていない。
ただ、ここにいる。
午後、北境の斥候が戻る。
「敵軍、撤退。内部で揉め事があった模様」
「理由は」
「補給物資の紛失。原因不明とのこと」
また、原因不明。
ディルクは低く息を吐く。
「偶然が続きすぎる」
私は空を見上げる。
雲はゆるやかに流れ、乱れない。
その夜、王都では貴族の一人が公然と口にした。
「幸いの血が離れたからではないか」
場が凍る。
「迷信だ」
「だが記録にある」
古文書が持ち出される。
百年前の小災厄。
婚姻の断絶。
三年続いた綻び。
アシュレイは机を叩く。
「やめろ!彼女はただの侯爵令嬢だ!」
だがその声には、わずかな揺らぎがあった。
疑念が、輪郭を持ち始める。
辺境では、穏やかさが日常になる。
王都では、穏やかさが“戻らないもの”になる。
私は塔の上で夜空を見つめる。
胸の灯は、消えない。
静かに、確かに、在る。
疑念は、やがて問いへ変わる。
そして問いは、決断を呼ぶ。
流れが移ったという考えは、もはや笑い話ではなくなりつつあった。
王都の空は、薄曇りだった。
季節外れの湿気が残り、石畳はどこか重たい色をしている。
「西区の熱病、再発者三十二名」
財務局から神殿へ、そして王太子のもとへと報告が回る。
「死者は?」
「おりません。ただ、治癒後三日以内の再発が増加傾向に」
アシュレイは唇を引き結ぶ。
「聖女の祈祷は」
「本日も実施済みです。しかし……」
側近は言葉を選ぶ。
「効き目が半日ほどで薄れております」
「あり得ぬ」
強く否定する声。
だが、その否定に確信はない。
宰相が静かに言う。
「殿下。祈りは対症です。原因が別にある可能性を」
「原因などない。ただの流行だ」
「ではなぜ、他国では報告がないのです」
沈黙。
他国。
辺境伯領。
その名はまだ口に出されない。
だが皆、心のどこかで知っている。
一方、辺境。
朝の風は澄み、城壁の上から見下ろす景色は明るい。
私は書簡を手にしていた。
王都の友人からの私信。
――最近、妙に落ち着かないの。何も大事ではないのに、ずっと小さなことが続くの。
――あなたが去ってから、空気が変わった気がする。
私は手紙を閉じる。
偶然。
そのはず。
城下では、子供たちが走り回り、商人が笑い、兵が鍛錬を続ける。
「今月の事故件数、ゼロです」
家令が報告する。
「橋の補修も不要。崩落の兆しなし」
ディルクは腕を組み、私を見る。
「王都では続き、こちらでは止まる」
「土地の相性でしょうか」
私は微笑む。
「相性、か」
彼はゆっくりと頷く。
「君と、この地の」
その言葉に、胸の奥の灯がわずかに強くなる。
温かく、しかし穏やか。
私は何もしていない。
ただ、ここにいる。
午後、北境の斥候が戻る。
「敵軍、撤退。内部で揉め事があった模様」
「理由は」
「補給物資の紛失。原因不明とのこと」
また、原因不明。
ディルクは低く息を吐く。
「偶然が続きすぎる」
私は空を見上げる。
雲はゆるやかに流れ、乱れない。
その夜、王都では貴族の一人が公然と口にした。
「幸いの血が離れたからではないか」
場が凍る。
「迷信だ」
「だが記録にある」
古文書が持ち出される。
百年前の小災厄。
婚姻の断絶。
三年続いた綻び。
アシュレイは机を叩く。
「やめろ!彼女はただの侯爵令嬢だ!」
だがその声には、わずかな揺らぎがあった。
疑念が、輪郭を持ち始める。
辺境では、穏やかさが日常になる。
王都では、穏やかさが“戻らないもの”になる。
私は塔の上で夜空を見つめる。
胸の灯は、消えない。
静かに、確かに、在る。
疑念は、やがて問いへ変わる。
そして問いは、決断を呼ぶ。
流れが移ったという考えは、もはや笑い話ではなくなりつつあった。
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