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第十七話 古文書の頁
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第十七話 古文書の頁
王城の最奥、普段はほとんど人の出入りがない古文書室に、灯りがともっていた。
厚い扉を閉ざしたまま、司書と宰相、そして王妃が向かい合う。
机の上には、古びた羊皮紙の束。
「……これが例の記録か」
王妃の声は低く、静かだった。
「はい。百三十七年前の記録でございます」
司書が慎重に頁をめくる。
擦れた文字。
色あせたインク。
だが内容ははっきりと読める。
――王家、幸いの血との縁を断つ。
――以後、三年にわたり小災相次ぐ。
「小災、とは」
王妃が問う。
「橋の沈下、倉庫の火、再発する熱病、馬の転倒……」
司書の声が、今の王都の報告と重なる。
「死者は少なく、国は保たれた。しかし……」
「しかし?」
「商人の離反と、周辺領地への流出が起きました」
王妃は目を閉じる。
同じ。
あまりに、同じ。
「その後は」
「再び幸いの血と縁を結び、流れが安定したと記されております」
沈黙が落ちる。
王妃はゆっくりと立ち上がった。
「……殿下には知らせるな」
「しかし」
「今はまだ、迷信だと一蹴するだろう」
王妃の目には、母としての不安と、王族としての冷静が同居していた。
「まずは確かめる」
同じ頃、辺境伯領。
私は書庫で静かに頁を閉じた。
偶然とは思えぬ一致。
だが、それでも。
「私は、何もしておりませんわ」
自分に言い聞かせる。
胸の灯は穏やかに揺れている。
そのとき、ディルクが入室した。
「王都の動きが慌ただしい」
「何かございましたか」
「古文書を漁っているらしい」
私は一瞬だけ指先を止める。
「迷信の確認でしょうか」
「そうだろう」
彼は私の前に立つ。
「君はどう思う」
私は視線を上げる。
「流れは、あると思います」
「流れ」
「良い流れと、悪い流れ。目に見えませんが、感じることはございます」
彼はしばらく黙り、やがて静かに言う。
「君が来てから、この地は安定している」
否定しようとして、言葉が出ない。
否定できないわけではない。
だが、否定する理由もない。
夜、王都。
王妃は一人、塔の上から街を見下ろしていた。
灯りは多い。
人も動いている。
だが、どこか落ち着かない。
「……あの子は、流れを読めない」
母としての嘆き。
アシュレイは正義を信じている。
だが、正義は流れを制御しない。
遠く北の空は澄んでいる。
王妃の胸に、古文書の文字が焼きつく。
幸いの血。
それは迷信か、事実か。
答えはまだ出ない。
だが疑念は、もはや消せない。
辺境では、穏やかさが根を張る。
王都では、疑念が芽を出す。
そして、誰もが薄々気づき始めている。
流れは、ただの偶然ではないのかもしれないと。
王城の最奥、普段はほとんど人の出入りがない古文書室に、灯りがともっていた。
厚い扉を閉ざしたまま、司書と宰相、そして王妃が向かい合う。
机の上には、古びた羊皮紙の束。
「……これが例の記録か」
王妃の声は低く、静かだった。
「はい。百三十七年前の記録でございます」
司書が慎重に頁をめくる。
擦れた文字。
色あせたインク。
だが内容ははっきりと読める。
――王家、幸いの血との縁を断つ。
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「小災、とは」
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「しかし?」
「商人の離反と、周辺領地への流出が起きました」
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あまりに、同じ。
「その後は」
「再び幸いの血と縁を結び、流れが安定したと記されております」
沈黙が落ちる。
王妃はゆっくりと立ち上がった。
「……殿下には知らせるな」
「しかし」
「今はまだ、迷信だと一蹴するだろう」
王妃の目には、母としての不安と、王族としての冷静が同居していた。
「まずは確かめる」
同じ頃、辺境伯領。
私は書庫で静かに頁を閉じた。
偶然とは思えぬ一致。
だが、それでも。
「私は、何もしておりませんわ」
自分に言い聞かせる。
胸の灯は穏やかに揺れている。
そのとき、ディルクが入室した。
「王都の動きが慌ただしい」
「何かございましたか」
「古文書を漁っているらしい」
私は一瞬だけ指先を止める。
「迷信の確認でしょうか」
「そうだろう」
彼は私の前に立つ。
「君はどう思う」
私は視線を上げる。
「流れは、あると思います」
「流れ」
「良い流れと、悪い流れ。目に見えませんが、感じることはございます」
彼はしばらく黙り、やがて静かに言う。
「君が来てから、この地は安定している」
否定しようとして、言葉が出ない。
否定できないわけではない。
だが、否定する理由もない。
夜、王都。
王妃は一人、塔の上から街を見下ろしていた。
灯りは多い。
人も動いている。
だが、どこか落ち着かない。
「……あの子は、流れを読めない」
母としての嘆き。
アシュレイは正義を信じている。
だが、正義は流れを制御しない。
遠く北の空は澄んでいる。
王妃の胸に、古文書の文字が焼きつく。
幸いの血。
それは迷信か、事実か。
答えはまだ出ない。
だが疑念は、もはや消せない。
辺境では、穏やかさが根を張る。
王都では、疑念が芽を出す。
そして、誰もが薄々気づき始めている。
流れは、ただの偶然ではないのかもしれないと。
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