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第十九話 見えない差
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第十九話 見えない差
王妃の使者は、三日間にわたり辺境伯領を視察した。
橋梁、倉庫、訓練場、畑、診療所。
「事故報告は」
「ございません」
「病の再発は」
「確認されておりません」
「交易の遅延は」
「今月は一件も」
使者は何度も帳簿を確認した。
改竄の形跡はない。
数字は整い、矛盾もない。
だが、数字よりも気になるものがあった。
空気だ。
城下を歩けば、人々の声は明るい。
商人は投資をためらわない。
兵士は無駄に緊張していない。
畑の穂は揃い、馬は落ち着いている。
「……違う」
使者は独り呟く。
王都とは、空気が違う。
夜、視察の最終日。
使者は塔の上に案内された。
ディルクが静かに言う。
「王都では、続いているのだろう」
「ええ。軽微ですが」
「軽微が続けば、重い」
使者は頷く。
「なぜ、こちらでは起きないのか」
ディルクは答えない。
代わりに私を見る。
私は星空を見上げる。
「この地は、強いのですわ」
嘘ではない。
だが、それだけでもない。
使者の視線が私に止まる。
「侯爵令嬢」
「はい」
「あなたは、不安ではないのですか」
一瞬だけ考える。
「……不思議と、ございません」
それが正直な答えだった。
胸の奥の灯は、今日も穏やか。
強くもなく、弱くもなく、一定。
王都では。
同じ夜、王妃は窓辺に立っていた。
風は湿り、雲は低い。
報告が届く。
――辺境伯領、事故なし。病なし。交易増加。
王妃は目を閉じる。
「やはり」
迷信と切り捨てるには、差が明確すぎる。
そのとき、別の報告が入る。
「南区で小規模な崩落。負傷者二名」
王妃はゆっくりと息を吐く。
致命的ではない。
だが止まらない。
流れの差が、数字と空気の両方で示される。
翌朝。
使者は帰途につく。
馬車の窓から振り返る。
城壁の上に立つ私の姿。
風は穏やかに流れ、雲は乱れない。
「……幸いの血」
その言葉が、初めて使者の胸に浮かぶ。
だが口には出さない。
王都に戻り、報告を提出する。
「結論は」
王妃が問う。
使者は膝をつく。
「辺境は、安定しております。王都との差は、明確です」
「理由は」
「……確認できません」
沈黙。
王妃は静かに言う。
「だが、差はあるのですね」
「はい」
それで十分だった。
迷信か、事実か。
まだ断言はできない。
だが、見えない差は確実に存在する。
王都は揺らぎ続ける。
辺境は揺らがない。
そして、その差の中心にいるのは。
誰も口にしない。
だが、誰もが薄く意識し始めている。
侯爵令嬢エレノアの存在を。
王妃の使者は、三日間にわたり辺境伯領を視察した。
橋梁、倉庫、訓練場、畑、診療所。
「事故報告は」
「ございません」
「病の再発は」
「確認されておりません」
「交易の遅延は」
「今月は一件も」
使者は何度も帳簿を確認した。
改竄の形跡はない。
数字は整い、矛盾もない。
だが、数字よりも気になるものがあった。
空気だ。
城下を歩けば、人々の声は明るい。
商人は投資をためらわない。
兵士は無駄に緊張していない。
畑の穂は揃い、馬は落ち着いている。
「……違う」
使者は独り呟く。
王都とは、空気が違う。
夜、視察の最終日。
使者は塔の上に案内された。
ディルクが静かに言う。
「王都では、続いているのだろう」
「ええ。軽微ですが」
「軽微が続けば、重い」
使者は頷く。
「なぜ、こちらでは起きないのか」
ディルクは答えない。
代わりに私を見る。
私は星空を見上げる。
「この地は、強いのですわ」
嘘ではない。
だが、それだけでもない。
使者の視線が私に止まる。
「侯爵令嬢」
「はい」
「あなたは、不安ではないのですか」
一瞬だけ考える。
「……不思議と、ございません」
それが正直な答えだった。
胸の奥の灯は、今日も穏やか。
強くもなく、弱くもなく、一定。
王都では。
同じ夜、王妃は窓辺に立っていた。
風は湿り、雲は低い。
報告が届く。
――辺境伯領、事故なし。病なし。交易増加。
王妃は目を閉じる。
「やはり」
迷信と切り捨てるには、差が明確すぎる。
そのとき、別の報告が入る。
「南区で小規模な崩落。負傷者二名」
王妃はゆっくりと息を吐く。
致命的ではない。
だが止まらない。
流れの差が、数字と空気の両方で示される。
翌朝。
使者は帰途につく。
馬車の窓から振り返る。
城壁の上に立つ私の姿。
風は穏やかに流れ、雲は乱れない。
「……幸いの血」
その言葉が、初めて使者の胸に浮かぶ。
だが口には出さない。
王都に戻り、報告を提出する。
「結論は」
王妃が問う。
使者は膝をつく。
「辺境は、安定しております。王都との差は、明確です」
「理由は」
「……確認できません」
沈黙。
王妃は静かに言う。
「だが、差はあるのですね」
「はい」
それで十分だった。
迷信か、事実か。
まだ断言はできない。
だが、見えない差は確実に存在する。
王都は揺らぎ続ける。
辺境は揺らがない。
そして、その差の中心にいるのは。
誰も口にしない。
だが、誰もが薄く意識し始めている。
侯爵令嬢エレノアの存在を。
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