婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第39話 答えは、すでに隣にあった

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第39話 答えは、すでに隣にあった

 その夜、公爵邸はひどく静かだった。

 祝祭もなく、来客もない。
 灯りは最低限に抑えられ、
 外から見れば、まるで誰も住んでいないかのようだ。

 だが――
 中は違う。

 人の気配が、確かにあった。

 セラフィナは、寝室に続く小さな居間で、
 一冊の帳簿を閉じた。

「……終わりました」

「もうか?」

 カルヴァスは、暖炉の前に立っていた。

 仕事着ではない。
 執務の顔でもない。

 ただの、一人の男の姿だ。

「ええ」

 セラフィナは、帳簿を机に置く。

「残務というほどのものでもありませんでした」

「それは、
 いい兆候だな」

 彼は、
 そう言って椅子に腰を下ろす。

 暖炉の火が、
 ぱちりと音を立てた。

 しばらく、
 二人とも何も言わない。

 沈黙は、
 もう気まずくない。

 セラフィナが、
 ふと口を開く。

「……今日で、
 すべて片付いた気がします」

「何が?」

「過去も、
 立場も」

 カルヴァスは、
 ゆっくりと頷く。

「私もだ」

 彼は、
 正直に言った。

「君が来る前は、
 公国を“維持すること”だけを考えていた」

「今は?」

「……共に在ることだ」

 その言葉は、
 飾り気がない。

 だが、
 重かった。

「確認しておきたいことがあります」

 セラフィナは、
 彼を見る。

「君が望むなら、
 何でも言え」

「私は」

 少しだけ、
 言葉を選ぶ。

「“溺愛”を、
 約束しません」

 カルヴァスは、
 一瞬だけ目を瞬かせ、
 それから小さく笑った。

「分かっている」

「甘い言葉も、
 頻繁な確認も、
 期待していません」

「それも、
 知っている」

 セラフィナは、
 静かに続ける。

「ですが」

 一拍、置いて。

「責任を共有する覚悟は、
 あります」

 カルヴァスは、
 立ち上がり、
 彼女の前に立つ。

「それは、
 私も同じだ」

 彼は、
 迷わず言う。

「感情に任せた約束は、
 しない」

「ええ」

「だが」

 彼の声は、
 低く、はっきりしている。

「君が不在になる未来は、
 想定していない」

 セラフィナは、
 一瞬、目を伏せ――
 それから、微笑んだ。

「……それで、
 十分です」

 二人は、
 向かい合って座る。

 距離は、
 近すぎない。

 だが、
 遠くもない。

「この結婚は、
 政略でした」

 セラフィナが言う。

「ええ」

「ですが、
 今は違います」

「同意する」

「私たちは」

 彼女は、
 はっきりと言う。

「同じ速度で歩ける相手を、
 選びました」

 カルヴァスは、
 その言葉を反芻し、
 頷く。

「速くもなく、
 遅くもなく」

「ええ」

「止まらず」

「……時々、
 立ち止まることはあるでしょう」

「それも、
 許容する」

 暖炉の火が、
 静かに揺れる。

 外では、
 風が木々を鳴らした。

「確認は、
 これで終わりですか?」

 カルヴァスが尋ねる。

「はい」

 セラフィナは、
 即答する。

「答えは、
 もう出ています」

「……ああ」

 彼は、
 ゆっくりと息を吐く。

「この公国は、
 安定した」

「ええ」

「だから」

 彼は、
 彼女をまっすぐ見る。

「これからは、
 国のためだけではなく、
 互いのために判断する」

 それは、
 宣言だった。

 セラフィナは、
 その言葉を、
 静かに受け取る。

「――夫として?」

「……ああ」

 少しだけ、
 照れたように。

「妻として、
 受け取ります」

 二人は、
 それ以上の言葉を交わさない。

 抱き合いもしない。
 誓いも、口にしない。

 必要がないからだ。

 すでに、
 答えは隣にあった。

 同じ部屋で、
 同じ夜を過ごす。

 それが、
 二人にとっての確定だった。


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