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3 未来の王
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3 未来の王
王太子ヴェイン・ヴァニティは、幼いころから「未来の王」として育てられた。
歩き方ひとつ、言葉の選び方ひとつに至るまで、常に“王たる者”の規範を求められてきた。家庭教師は歴史を語り、軍略を説き、政治の機微を叩き込んだ。
王とは、国家そのものである。
王とは、太陽である。
王とは、中心である。
そう教えられてきた。
だから彼は疑わなかった。
いずれこの国のすべては、自分の名のもとに集うのだと。
その日、王宮の謁見の間では、春の叙勲式が行われていた。功績ある兵士や役人が、王の前に進み出る。国王が言葉を与え、褒賞を授ける。厳かな儀式。
ヴェインは王の隣に立ち、その様子を見守っていた。
兵士の一人が、深く頭を下げる。
「陛下のお導きにより、任務を果たすことができました」
正しい。あるべき言葉。
だが、続いた言葉が違った。
「……そして、戦場にて傷を負った折、聖女様の祈りに救われました」
謁見の間に、小さなどよめきが走る。
兵士は涙を滲ませながら続ける。
「命ある限り、この国と、聖女様に忠誠を誓います」
聖女様に。
その一言が、空気の中に浮いた。
ヴェインは動かない。
だが、指先がわずかに震えた。
国王は重々しく頷き、兵士に褒賞を与える。場は滞りなく進む。誰も問題にしない。だがヴェインの胸には、はっきりと違和感が刻まれた。
忠誠を誓う相手は、王であるべきだ。
王家であるべきだ。
それが秩序だ。
だが今、民の感情は別の場所に向いている。
式が終わり、広間が静まり返ったころ。
ヴェインはゆっくりと歩き出した。壁に飾られた歴代国王の肖像画の前で足を止める。
剣を掲げる王。法典を手にする王。戦場で血に塗れながらも立ち続けた王。
そのどれもが、中心に立っている。
周囲を従え、世界を背負い、国を導く。
そこに、聖女の姿はない。
王がいて、国がある。
それが真理だ。
「いずれ、私はここに並ぶ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
当然の未来。
揺らぐはずのない座。
だが今、王都の心は、別の名を呼んでいる。
フィート・セインテス。
聖女。
祈りの公爵令嬢。
彼女は王家に仕える立場に過ぎない。
王家の庇護のもとに、その力を振るっているに過ぎない。
なのに。
なぜ人々は、王家を飛び越えて彼女を称えるのか。
ヴェインは広間を出て、回廊を歩く。
窓の外には王都の屋根が広がる。遠く、教会の尖塔が空を刺す。
その鐘が鳴るたび、民は聖女を思い出す。
王をではなく。
自分をではなく。
聖女を。
彼は足を止めた。
胸の奥で、何かがきしむ。
これは怒りか。
否。
まだそこまで強くはない。
これは、不安だ。
自分が中心でなくなるかもしれないという、不安。
それは王にあってはならない感情だ。
王は揺らがない。
王は迷わない。
王は、選ばれる存在ではない。
当然にそこにある存在だ。
だが今。
人々は、誰を選んでいる?
側近が近づく。
「殿下、明日の祈祷式にはご臨席なさいますか」
祈祷式。
また、聖女が祈り、民が集う場。
「無論だ」
短く答える。
見なければならない。
確かめなければならない。
この国の中心がどこにあるのかを。
夜、王太子の私室。
豪奢な天蓋付きの寝台、重厚な机、磨き上げられた床。
すべてが彼の地位を示している。
だが静まり返った部屋の中で、彼は一人だった。
窓の外、遠くから微かな歌声が聞こえる。
民衆が聖女の名を讃える歌。
自分の名ではない。
ヴェインは目を閉じる。
未来の王。
それは疑いようのない事実。
この国は、自分のものになる。
だが。
“心”はどうだ。
王は、力で統べる。
だが称賛は、心から生まれる。
今、心はどこへ向いている。
彼は拳を握った。
国の中心は、王でなければならない。
王家でなければならない。
そうでなければ、秩序は乱れる。
そうでなければ、世界は歪む。
自分が中心であることは、当然だ。
当然であるべきだ。
その当然を脅かす存在があるとすれば。
それは、正されなければならない。
ヴェインはゆっくりと目を開く。
瞳の奥に、わずかな硬さが宿る。
まだ決意ではない。
だが、芽は確実に育ち始めていた。
未来の王は、中心に立つ。
そのためなら。
何を正し、何を切り捨てるべきか。
彼はまだ、完全には理解していない。
だが確信だけはあった。
この国の太陽は、一つでなければならない。
そしてそれは――自分であると。
王太子ヴェイン・ヴァニティは、幼いころから「未来の王」として育てられた。
歩き方ひとつ、言葉の選び方ひとつに至るまで、常に“王たる者”の規範を求められてきた。家庭教師は歴史を語り、軍略を説き、政治の機微を叩き込んだ。
王とは、国家そのものである。
王とは、太陽である。
王とは、中心である。
そう教えられてきた。
だから彼は疑わなかった。
いずれこの国のすべては、自分の名のもとに集うのだと。
その日、王宮の謁見の間では、春の叙勲式が行われていた。功績ある兵士や役人が、王の前に進み出る。国王が言葉を与え、褒賞を授ける。厳かな儀式。
ヴェインは王の隣に立ち、その様子を見守っていた。
兵士の一人が、深く頭を下げる。
「陛下のお導きにより、任務を果たすことができました」
正しい。あるべき言葉。
だが、続いた言葉が違った。
「……そして、戦場にて傷を負った折、聖女様の祈りに救われました」
謁見の間に、小さなどよめきが走る。
兵士は涙を滲ませながら続ける。
「命ある限り、この国と、聖女様に忠誠を誓います」
聖女様に。
その一言が、空気の中に浮いた。
ヴェインは動かない。
だが、指先がわずかに震えた。
国王は重々しく頷き、兵士に褒賞を与える。場は滞りなく進む。誰も問題にしない。だがヴェインの胸には、はっきりと違和感が刻まれた。
忠誠を誓う相手は、王であるべきだ。
王家であるべきだ。
それが秩序だ。
だが今、民の感情は別の場所に向いている。
式が終わり、広間が静まり返ったころ。
ヴェインはゆっくりと歩き出した。壁に飾られた歴代国王の肖像画の前で足を止める。
剣を掲げる王。法典を手にする王。戦場で血に塗れながらも立ち続けた王。
そのどれもが、中心に立っている。
周囲を従え、世界を背負い、国を導く。
そこに、聖女の姿はない。
王がいて、国がある。
それが真理だ。
「いずれ、私はここに並ぶ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
当然の未来。
揺らぐはずのない座。
だが今、王都の心は、別の名を呼んでいる。
フィート・セインテス。
聖女。
祈りの公爵令嬢。
彼女は王家に仕える立場に過ぎない。
王家の庇護のもとに、その力を振るっているに過ぎない。
なのに。
なぜ人々は、王家を飛び越えて彼女を称えるのか。
ヴェインは広間を出て、回廊を歩く。
窓の外には王都の屋根が広がる。遠く、教会の尖塔が空を刺す。
その鐘が鳴るたび、民は聖女を思い出す。
王をではなく。
自分をではなく。
聖女を。
彼は足を止めた。
胸の奥で、何かがきしむ。
これは怒りか。
否。
まだそこまで強くはない。
これは、不安だ。
自分が中心でなくなるかもしれないという、不安。
それは王にあってはならない感情だ。
王は揺らがない。
王は迷わない。
王は、選ばれる存在ではない。
当然にそこにある存在だ。
だが今。
人々は、誰を選んでいる?
側近が近づく。
「殿下、明日の祈祷式にはご臨席なさいますか」
祈祷式。
また、聖女が祈り、民が集う場。
「無論だ」
短く答える。
見なければならない。
確かめなければならない。
この国の中心がどこにあるのかを。
夜、王太子の私室。
豪奢な天蓋付きの寝台、重厚な机、磨き上げられた床。
すべてが彼の地位を示している。
だが静まり返った部屋の中で、彼は一人だった。
窓の外、遠くから微かな歌声が聞こえる。
民衆が聖女の名を讃える歌。
自分の名ではない。
ヴェインは目を閉じる。
未来の王。
それは疑いようのない事実。
この国は、自分のものになる。
だが。
“心”はどうだ。
王は、力で統べる。
だが称賛は、心から生まれる。
今、心はどこへ向いている。
彼は拳を握った。
国の中心は、王でなければならない。
王家でなければならない。
そうでなければ、秩序は乱れる。
そうでなければ、世界は歪む。
自分が中心であることは、当然だ。
当然であるべきだ。
その当然を脅かす存在があるとすれば。
それは、正されなければならない。
ヴェインはゆっくりと目を開く。
瞳の奥に、わずかな硬さが宿る。
まだ決意ではない。
だが、芽は確実に育ち始めていた。
未来の王は、中心に立つ。
そのためなら。
何を正し、何を切り捨てるべきか。
彼はまだ、完全には理解していない。
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そしてそれは――自分であると。
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