『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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4 嫉妬

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4 嫉妬

 王都最大の祈祷式の日。

 大聖堂前の広場は、まだ朝だというのに人で埋め尽くされていた。

 農夫たちは収穫前の麦束を抱え、商人たちは布や香料を持ち寄り、兵士の家族は祈りの札を胸に押し当てている。子どもたちは背伸びをし、大人の隙間から前を覗こうとしていた。

 広場の中心に設けられた祭壇には、純白の布がかけられている。

 その前に立つのは――フィート・セインテス。

 聖女。

 王国の祈りの象徴。

 王太子ヴェインは、聖堂の高窓の奥からその光景を見下ろしていた。

 彼のために用意された特別席。

 本来なら、民衆は王太子の姿を見て歓声を上げるべきだった。

 だが。

「聖女様だ……!」

「お姿を……!」

 ざわめきは、祭壇へと集中している。

 フィートがゆっくりと両手を掲げる。

 それだけで、広場は水を打ったように静まった。

 彼女は何も誇示しない。

 声を張り上げることもない。

 ただ静かに、目を閉じる。

 その瞬間。

 淡い光が、彼女の足元から広がった。

 広場を包む、温かな光。

 誰もが息を呑む。

 祈りの石が淡く輝き、空気がやわらかく震える。

 光は強くない。

 だが確かに、そこにある。

 涙を流す女。

 両手を組む兵士。

 額を地面につける老人。

「聖女様……!」

 その声は、歓声ではない。

 救われた者の、安堵の声だ。

 ヴェインは、無言でその様子を見つめていた。

 光が揺らぐたび、民衆の心が彼女へ傾いていくのがわかる。

 それは、力ではない。

 恐怖でもない。

 信頼。

 自発的な信頼。

 王家が与える威厳とは違う。

 王家の権威は、生まれながらにある。

 だが聖女の信頼は、積み重ねられている。

 その違いが、胸を刺した。

 やがて祈りは終わる。

 フィートは静かに頭を下げる。

 その瞬間。

 広場は大きな拍手と歓声に包まれた。

「聖女様、万歳!」

「聖女様に祝福を!」

 万歳。

 その言葉は、王に向けられるべきものだ。

 王族に。

 未来の王に。

 ヴェインの喉の奥で、何かがひりついた。

 拍手は鳴り止まない。

 広場の熱は冷めない。

 彼はゆっくりと拳を握る。

 なぜ。

 なぜ、あれほどの熱が。

 王家ではなく、彼女へ向けられる。

 フィートは顔を上げ、民衆を見渡した。

 その目に誇りはない。

 傲慢もない。

 ただ、柔らかい光。

 それが余計に腹立たしい。

 もし彼女が驕っていれば、責める理由があった。

 もし彼女が権力を求めていれば、断罪も容易だった。

 だが彼女は何も求めていない。

 それなのに、民が勝手に彼女を持ち上げる。

 その構図が、許せない。

「……殿下」

 側近が小声で呼ぶ。

「見事な祈りでございましたな」

 見事。

 その言葉に、ヴェインの視線が冷たくなる。

「奇跡など、検証不能だ」

 低い声。

 側近は戸惑う。

「ですが、実際に救われた者が……」

「偶然だ」

 即答だった。

「人は信じたいものを信じる」

 だが、その言葉は自分に向けられているようでもあった。

 広場では、子どもが叫ぶ。

「聖女様みたいになりたい!」

 その声が、空に響く。

 ヴェインの胸の奥で、何かが決定的に歪む。

 未来の王。

 中心。

 太陽。

 それは自分であるはずだ。

 なのに。

 今、王都の中心に立っているのは、別の存在。

 彼は目を細めた。

 フィートの姿が、小さく見える。

 だが、その存在感は、あまりにも大きい。

 嫉妬。

 その言葉を、彼はまだ認めない。

 これは秩序への懸念だ。

 王家の威光を守るための思考だ。

 そう言い聞かせる。

 だが胸の奥の熱は、静かに燃え続けている。

 広場の歓声は、やがて波のように引いていく。

 フィートは祭壇を降り、教会の奥へと姿を消す。

 人々は名残惜しそうに見送る。

 その視線に、王太子の姿はない。

 ヴェインは背を向ける。

 回廊を歩きながら、唇を噛む。

 太陽は一つでなければならない。

 二つあれば、秩序は乱れる。

 王国に中心は一つ。

 それは王であるべきだ。

 彼は自分に言い聞かせる。

 これは嫉妬ではない。

 王権を守るための思考だ。

 だが胸の奥で、確かに生まれた感情は。

 静かに、しかし確実に。

 彼の理性を侵食し始めていた。
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