『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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23 拒絶

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23 拒絶

 路地を出たあとも、ヴェインの足取りは定まらなかった。

 殴られた頬は腫れ、唇の端から滲んだ血は乾いて黒ずんでいる。
 腹部は鈍く痛み、呼吸をするたびに胸が軋む。

 だが、それ以上に重いのは、内側の感覚だった。

 奪われた。

 パン屑すら守れなかった。

 王太子だった男が、浮浪者一人に蹴られ、殴られ、追い払われた。

 その事実が、じわじわと浸食してくる。

「……ただの偶然だ」

 自分に言い聞かせる。

 あの男が荒れていただけだ。

 自分の立場とは関係ない。

 だが足は、自然と別の裏路地へ向かっていた。

 腹は、まだ空いている。

 むしろさきほどの一口で、空腹はさらに強くなった。

 胃が刺激され、強く収縮する。

 次の店の裏口。

 木箱が置かれている。

 先ほどより小さいが、まだ何か入っている。

 ヴェインは周囲を窺う。

 誰もいない。

 手を伸ばす。

 今度は素早く。

 中から野菜の切れ端を掴む。

 口へ運ぼうとした瞬間。

「おい」

 声が飛ぶ。

 振り返ると、店の従業員が立っていた。

 若い男。

 腕まくりをし、包丁を持っている。

「何してる」

 冷たい声。

 ヴェインは固まる。

「……捨てるものだろう」

 言葉が弱い。

「だからって、勝手に触るな」

 従業員は歩み寄り、ヴェインの腕を払う。

 野菜が地面に落ちる。

「出て行け」

 短い命令。

「金はある」

 咄嗟に言う。

 金貨を見せる。

 だが従業員は顔をしかめる。

「いらねぇ」

「なぜだ」

「うちは聖女様に世話になったんだ」

 その一言が、刺さる。

「……だから何だ」

 ヴェインの声が震える。

「聖女様を追い出した奴に、食わせる飯はねぇ」

 断言。

 包丁の刃が光る。

 脅しではない。

 拒絶の象徴。

 ヴェインは後ずさる。

 周囲の窓が少しだけ開く。

 視線が集まる。

 囁き。

「あいつだ」

「聖女様を……」

 声は小さい。

 だがはっきり聞こえる。

 ヴェインの喉が乾く。

 街は静かに彼を排除している。

 暴力ではなく、無関心でもなく。

 明確な拒絶。

 彼は路地を出る。

 別の通りへ。

 だがそこでも、似た視線が向けられる。

 子どもが石を拾いかけ、母親に止められる。

 老人が杖を握りしめる。

 誰も近づかない。

 誰も助けない。

 だが、敵意はある。

 静かな敵意。

 ヴェインはふらつきながら歩く。

 太陽は傾き始めている。

 腹は空き、体は痛み、誇りは削られる。

 別の裏口。

 別の木箱。

 今度は手を伸ばす前に声が飛ぶ。

「帰れ」

 見てもいないのに。

 拒絶は先回りする。

 彼は立ち尽くす。

 もはや力もない。

 街は彼を知っている。

 彼が何をしたか。

 聖女が何をしていたか。

 民は忘れない。

 聖女に救われた者が、この街には多すぎる。

 ヴェインは初めて理解する。

 王宮では形式が守られていた。

 だが街では、感情が支配する。

 その感情は、自分を許さない。

 足が止まる。

 呼吸が浅くなる。

 空腹は、もはや痛みではなく、虚無に近い。

 力が抜ける。

 彼はゆっくりと城門の外へ向かう。

 街は、彼を飲み込まなかった。

 吐き出したのだ。

 拒絶は、殴打よりも残酷だった。

 行き場は、さらに狭まる。

 そして次に待つのは、完全な排除だった。
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