『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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34 怨嗟

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34 怨嗟

 風が強くなっていた。

 乾いた土が舞い上がり、ヴェインの頬を打つ。傷口に砂が入り、鈍い痛みが走るが、それすらも彼の怒りを消すことはできなかった。

「廃嫡など……許さぬ」

 低く、歯を食いしばる。

 先ほどまで必死に自らを正当化していた声は、今や明確な憎悪へと形を変えていた。

「父上……いや、国王」

 もはや父と呼ぶ響きはない。

「私を切ったのは、あの男だ」

 脳裏に浮かぶのは、謁見の間での冷たい視線。

 怒号ではなかった。
 激情でもなかった。

 静かな失望。

 それが何よりも耐え難かった。

「私情で国を揺らすな」

 その言葉が、何度も頭の中で反響する。

 私情?

 国を守ろうとしただけだ。

 聖女が光を集めすぎていた。

 王の威光を脅かす存在だった。

 だから正した。

 なのに。

「なぜ私だけが責められる!」

 声が荒れる。

 荒野にぶつかり、空へ散る。

 誰も返さない。

 それがさらに怒りを煽る。

「教会も……」

 唇が歪む。

「神の権威を侵害した罪、だと?」

 笑いが混じる。

 乾いた、ひび割れた音。

「神は王を祝福する存在だろう!」

 王が神を支え、神が王を支える。

 そう教えられてきた。

 ならば王太子である自分の決定は、神意に沿うはずだった。

 なのに教会は自分を破門した。

 あの場で。

 公然と。

「裏切り者め」

 爪が地面を引っかく。

 土が崩れる。

 力はない。
 だが怒りだけがある。

 そして。

「民衆……」

 その言葉に、声が変わる。

 軽蔑と、憎悪と、混乱が混ざる。

 彼らは歓声を上げていた。

 自分にではなく、聖女に。

 そして断罪の日には、沈黙し。

 破門の日には、ざわめき。

 廃嫡の日には、視線を逸らした。

 街に落ちた自分を見ても、誰も助けなかった。

 いや、見なかった。

「忘恩の徒どもが」

 救われたはずの者たち。

 聖女の祈りで命を繋いだ者たち。

 その恩は、王家に向くべきだ。

 国があってこその救済だ。

 なのに彼らは、王太子を見捨てた。

「私が王になれば……」

 荒野を睨む。

「皆、思い知らせてやる」

 廃嫡など、暫定だ。

 今は力がないだけだ。

 王家の血は消えない。

 いずれ復帰する。

 そう思わなければ、立っていられない。

 だが身体は動かない。

 指先が震える。

 視界が滲む。

 それでも口は止まらない。

「許さぬ……」

 繰り返す。

 国王を。

 教会を。

 民衆を。

 そして、あの聖女を。

 フィート。

 穏やかな眼差し。

 抵抗しなかった姿。

 追放されるとき、振り返らなかった背中。

 あれが腹立たしい。

 怒りでもなく、恐怖でもなく。

 ただ受け入れていた。

 まるで、すべてが決まっていたかのように。

「貴様のせいだ」

 荒野に向けて吐き捨てる。

 彼女がいなければ。

 称賛は自分に向いていた。

 疑念も起きなかった。

 断罪も、破門も、廃嫡もなかった。

 すべては、あの存在が光を奪ったから。

 そう結論づける。

 それ以外の答えは拒絶する。

 怒りは、最後の支えだ。

 怒りが消えれば、自分はただの敗者になる。

 だから憎む。

 憎み続ける。

 風が強く吹く。

 砂が舞い、彼の顔を覆う。

 だがヴェインは目を閉じない。

 歪んだ瞳で空を睨み続ける。

「廃嫡など……認めぬ」

 その声は荒野に吸われていく。

 返事はない。

 ただ、冷たい風だけが吹き続けていた。
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