『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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35 呪詛

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35 呪詛

 夜が落ちる。

 荒野は昼よりも静かで、そして残酷だった。

 冷えた風が地面を這い、痩せ細った身体の隙間に入り込む。震えは止まらない。歯が鳴る。それでもヴェインは目を閉じなかった。

 闇の中で、自分の存在が薄れていく気がするからだ。

「教会め……」

 乾いた唇から漏れる声は、かすれていた。

 神の名を盾にし、王太子を裁いた。

 あの司祭の表情を思い出す。

 憐れみでも怒りでもない。

 ただの義務。

 それが何より屈辱だった。

「神の権威を侵害した、だと?」

 笑いがこみ上げるが、喉が裂けるように痛む。

 神は王を祝福する存在だ。

 王家あってこその教会だ。

 そう教えられてきた。

 なのに、あの場で教会は自分を切り捨てた。

 王太子を。

 未来の王を。

「許さぬ……」

 吐き出す。

 だがその言葉は、夜に吸われて消える。

 次に浮かぶのは国王の顔。

 父。

 だがその呼び名はもう遠い。

 廃嫡を告げたときの声。

 怒鳴らなかった。

 静かだった。

 静かな決断。

 あれが、何より冷酷だった。

「私を廃嫡するなど……」

 震える指が地面を掴む。

「例え父でも、国王でも、許さぬ」

 血の味が広がる。

 唇を噛みすぎていた。

 だが痛みは心を紛らわせない。

 王宮を追い出された日のことを思い出す。

 衛兵の視線。

 形式的な礼。

 だが誰も目を合わせなかった。

 王族としての庇護が消えた瞬間、彼は空気になった。

 そして街。

 石畳。

 豪奢な衣を失い、泥にまみれた自分。

 助けを求めても、誰も応えなかった。

 それどころか、避けられた。

 汚れたものを見るような目で。

「平民どもめ……」

 声が低く沈む。

「恩を忘れた愚民ども」

 救われたはずだ。

 聖女の祈りで命を繋いだ者たち。

 だが国があってこその救済だ。

 王家があってこその秩序だ。

 なのに彼らは、聖女に頭を下げ、自分を見捨てた。

 その現実を認めることはできない。

 だから呪う。

「皆殺しにしてやる……」

 呟きが荒野に落ちる。

 力はない。

 立つことすら難しい。

 だが言葉だけは止まらない。

 それが最後の矜持。

 最後の幻想。

「世界は、私のためにあるのだ」

 そうでなければならない。

 王とはそういう存在だ。

 世界の中心。

 称賛の主語。

 光の焦点。

 それが自分でなければ意味がない。

 聖女が光を集めた瞬間から、世界は歪んだ。

 歪んだのは世界の方だ。

 自分ではない。

 そう信じる。

 信じなければ崩れる。

 夜風が強まる。

 砂が頬を打つ。

 星が遠い。

 誰もいない。

 呪詛は空に溶ける。

「教会も……国王も……民衆も……」

 一つずつ吐き捨てる。

 だがその名は、彼の周囲に何も起こさない。

 雷も落ちない。

 地も割れない。

 世界は無関心だ。

 それが一番の侮辱。

「なぜだ……」

 かすれた声。

 答えはない。

 呪いは力を持たない。

 ただの音だ。

 彼はそれでも続ける。

 続けるしかない。

 憎悪が消えれば、残るのは空虚だけだ。

 空虚は、死より恐ろしい。

 だから呪う。

 世界を。

 人を。

 神を。

 そして。

 聖女を。

 風が唸る。

 闇が深まる。

 呪詛は、どこにも届かないまま、夜の中に沈んでいった。
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