35 / 40
35 呪詛
しおりを挟む
35 呪詛
夜が落ちる。
荒野は昼よりも静かで、そして残酷だった。
冷えた風が地面を這い、痩せ細った身体の隙間に入り込む。震えは止まらない。歯が鳴る。それでもヴェインは目を閉じなかった。
闇の中で、自分の存在が薄れていく気がするからだ。
「教会め……」
乾いた唇から漏れる声は、かすれていた。
神の名を盾にし、王太子を裁いた。
あの司祭の表情を思い出す。
憐れみでも怒りでもない。
ただの義務。
それが何より屈辱だった。
「神の権威を侵害した、だと?」
笑いがこみ上げるが、喉が裂けるように痛む。
神は王を祝福する存在だ。
王家あってこその教会だ。
そう教えられてきた。
なのに、あの場で教会は自分を切り捨てた。
王太子を。
未来の王を。
「許さぬ……」
吐き出す。
だがその言葉は、夜に吸われて消える。
次に浮かぶのは国王の顔。
父。
だがその呼び名はもう遠い。
廃嫡を告げたときの声。
怒鳴らなかった。
静かだった。
静かな決断。
あれが、何より冷酷だった。
「私を廃嫡するなど……」
震える指が地面を掴む。
「例え父でも、国王でも、許さぬ」
血の味が広がる。
唇を噛みすぎていた。
だが痛みは心を紛らわせない。
王宮を追い出された日のことを思い出す。
衛兵の視線。
形式的な礼。
だが誰も目を合わせなかった。
王族としての庇護が消えた瞬間、彼は空気になった。
そして街。
石畳。
豪奢な衣を失い、泥にまみれた自分。
助けを求めても、誰も応えなかった。
それどころか、避けられた。
汚れたものを見るような目で。
「平民どもめ……」
声が低く沈む。
「恩を忘れた愚民ども」
救われたはずだ。
聖女の祈りで命を繋いだ者たち。
だが国があってこその救済だ。
王家があってこその秩序だ。
なのに彼らは、聖女に頭を下げ、自分を見捨てた。
その現実を認めることはできない。
だから呪う。
「皆殺しにしてやる……」
呟きが荒野に落ちる。
力はない。
立つことすら難しい。
だが言葉だけは止まらない。
それが最後の矜持。
最後の幻想。
「世界は、私のためにあるのだ」
そうでなければならない。
王とはそういう存在だ。
世界の中心。
称賛の主語。
光の焦点。
それが自分でなければ意味がない。
聖女が光を集めた瞬間から、世界は歪んだ。
歪んだのは世界の方だ。
自分ではない。
そう信じる。
信じなければ崩れる。
夜風が強まる。
砂が頬を打つ。
星が遠い。
誰もいない。
呪詛は空に溶ける。
「教会も……国王も……民衆も……」
一つずつ吐き捨てる。
だがその名は、彼の周囲に何も起こさない。
雷も落ちない。
地も割れない。
世界は無関心だ。
それが一番の侮辱。
「なぜだ……」
かすれた声。
答えはない。
呪いは力を持たない。
ただの音だ。
彼はそれでも続ける。
続けるしかない。
憎悪が消えれば、残るのは空虚だけだ。
空虚は、死より恐ろしい。
だから呪う。
世界を。
人を。
神を。
そして。
聖女を。
風が唸る。
闇が深まる。
呪詛は、どこにも届かないまま、夜の中に沈んでいった。
夜が落ちる。
荒野は昼よりも静かで、そして残酷だった。
冷えた風が地面を這い、痩せ細った身体の隙間に入り込む。震えは止まらない。歯が鳴る。それでもヴェインは目を閉じなかった。
闇の中で、自分の存在が薄れていく気がするからだ。
「教会め……」
乾いた唇から漏れる声は、かすれていた。
神の名を盾にし、王太子を裁いた。
あの司祭の表情を思い出す。
憐れみでも怒りでもない。
ただの義務。
それが何より屈辱だった。
「神の権威を侵害した、だと?」
笑いがこみ上げるが、喉が裂けるように痛む。
神は王を祝福する存在だ。
王家あってこその教会だ。
そう教えられてきた。
なのに、あの場で教会は自分を切り捨てた。
王太子を。
未来の王を。
「許さぬ……」
吐き出す。
だがその言葉は、夜に吸われて消える。
次に浮かぶのは国王の顔。
父。
だがその呼び名はもう遠い。
廃嫡を告げたときの声。
怒鳴らなかった。
静かだった。
静かな決断。
あれが、何より冷酷だった。
「私を廃嫡するなど……」
震える指が地面を掴む。
「例え父でも、国王でも、許さぬ」
血の味が広がる。
唇を噛みすぎていた。
だが痛みは心を紛らわせない。
王宮を追い出された日のことを思い出す。
衛兵の視線。
形式的な礼。
だが誰も目を合わせなかった。
王族としての庇護が消えた瞬間、彼は空気になった。
そして街。
石畳。
豪奢な衣を失い、泥にまみれた自分。
助けを求めても、誰も応えなかった。
それどころか、避けられた。
汚れたものを見るような目で。
「平民どもめ……」
声が低く沈む。
「恩を忘れた愚民ども」
救われたはずだ。
聖女の祈りで命を繋いだ者たち。
だが国があってこその救済だ。
王家があってこその秩序だ。
なのに彼らは、聖女に頭を下げ、自分を見捨てた。
その現実を認めることはできない。
だから呪う。
「皆殺しにしてやる……」
呟きが荒野に落ちる。
力はない。
立つことすら難しい。
だが言葉だけは止まらない。
それが最後の矜持。
最後の幻想。
「世界は、私のためにあるのだ」
そうでなければならない。
王とはそういう存在だ。
世界の中心。
称賛の主語。
光の焦点。
それが自分でなければ意味がない。
聖女が光を集めた瞬間から、世界は歪んだ。
歪んだのは世界の方だ。
自分ではない。
そう信じる。
信じなければ崩れる。
夜風が強まる。
砂が頬を打つ。
星が遠い。
誰もいない。
呪詛は空に溶ける。
「教会も……国王も……民衆も……」
一つずつ吐き捨てる。
だがその名は、彼の周囲に何も起こさない。
雷も落ちない。
地も割れない。
世界は無関心だ。
それが一番の侮辱。
「なぜだ……」
かすれた声。
答えはない。
呪いは力を持たない。
ただの音だ。
彼はそれでも続ける。
続けるしかない。
憎悪が消えれば、残るのは空虚だけだ。
空虚は、死より恐ろしい。
だから呪う。
世界を。
人を。
神を。
そして。
聖女を。
風が唸る。
闇が深まる。
呪詛は、どこにも届かないまま、夜の中に沈んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる