『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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36 世界中心宣言

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36 世界中心宣言

 夜明け前の空は、色を失っていた。

 冷え切った空気が肺を刺す。息を吸うたびに胸が軋む。だがヴェインは起き上がろうとした。膝が震え、腕が地面に崩れ落ちる。それでも、なおも這い上がろうとする。

 倒れたままでは、敗北を認めることになる。

 それだけは許せなかった。

「私は……」

 声が掠れる。

 だが構わない。誰に届かなくてもいい。自分が聞いていればいい。

「私は王太子だ」

 荒野は答えない。

 乾いた草が揺れるだけだ。

 それでも言葉を重ねる。

「次の国王だ」

 廃嫡の宣告は事実だ。破門も事実だ。爵位剥奪も事実だ。だがそれは紙の上の決定にすぎない。血は消えない。王家の血は、神が選んだ証だ。

 そう教えられてきた。

 そう信じてきた。

 だからこそ、今も信じる。

「世界は、私のためにある」

 ゆっくりと、噛み締めるように言う。

 もし世界が王のために存在しないのなら、秩序は成り立たない。民は王に従い、王は神に祝福される。称賛は頂点に向かう。そうでなければ国は崩れる。

 聖女が称賛を集めたことこそ、歪みの始まりだった。

「光は王に向くべきだ」

 拳を握る。力はほとんど残っていない。だが握る動作だけで、自分がまだ王族であると確認できる気がした。

 フィートの姿が脳裏をかすめる。

 穏やかな眼差し。抵抗しなかった背中。

 あの静けさが、何よりも腹立たしい。

 怒りを向けても揺らがない存在。

 まるで、自分など最初から問題ではないかのような態度。

「違う」

 息が荒くなる。

「世界は、私を中心に回るのだ」

 そうでなければならない。

 そうでなければ、今の自分の惨状を説明できない。

 王太子が荒野で泥にまみれているなど、世界の誤作動だ。修正されるべきだ。正されるべきだ。

「なぜ誰も分からぬ!」

 声が裂ける。

 空に投げつける。

 だが空は広い。青白い光が薄く広がるだけだ。

 神は沈黙している。

 民は遠い。

 王宮はもう見えない。

 それでもヴェインは笑う。

 小さく。

 そして徐々に大きく。

「はは……ははは……」

 喉が焼ける。

 だが止まらない。

「私が世界の王だ」

 荒野に向かって宣言する。

「私こそが中心だ」

 その声は震えている。

 だが本人は気づかない。

 自分の言葉が空虚に響いていることに。

 風が吹く。

 砂が舞い上がる。

 彼の足元の跡を消していく。

 中心を名乗る声の周囲に、誰もいない。

 王も、神も、民も。

 ただ、荒野だけがある。

 それでも彼は繰り返す。

「世界は、私のためにある」

 何度も。

 何度も。

 その宣言は、誰にも届かない。

 だが彼にとっては最後の王冠だった。

 見えない王冠。

 崩れかけた誇りを支えるための幻想。

 夜明けの光がゆっくりと地平を染める。

 新しい一日が始まる。

 だがその光は、彼を照らしても祝福しない。

 ただ平等に、冷たく、存在するだけだった。
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