『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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38 風

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38 風

 笑いは、唐突に途切れた。

 自ら止めたのではない。
 声が、出なくなったのだ。

 喉は裂け、呼吸は浅く、肺は空気を拒む。
 それでもヴェインは、まだ笑おうと口を開いた。

 だが、音は出なかった。

 代わりに、風が吹いた。

 荒野を渡る乾いた風。
 砂を巻き上げ、地面を削り、痕跡を消していく風。

 それは誰の味方でもない。

 王のためでもなく、聖女のためでもない。

 ただ吹くだけだ。

 ヴェインの周囲を、風が巡る。

 痩せ細った体の上を、冷たく撫でる。

 かつて金糸で織られた外套はない。
 王家の紋章もない。

 ただ泥にまみれた衣と、傷だらけの肉体。

「……私は……」

 声が出ない。

 唇だけが動く。

 風は答えない。

 彼の足元の砂が、静かに崩れる。

 笑いが響いていたはずの空間は、もう無音だった。

 世界は、何も変わらない。

 王太子が狂笑しようが、沈黙しようが。

 荒野は荒野のまま。

 空は空のまま。

 風は、ただ吹く。

 ヴェインの視界が揺れる。

 遠くの地平が霞む。

 自分がどこにいるのか、曖昧になる。

 王宮の玉座が、ぼんやりと浮かぶ。

 だが手を伸ばす力はない。

 笑いも、怒りも、呪いも。

 すべては風に削られていく。

 最後に残るのは、何もない空間。

 彼の存在すら、世界は保持しない。

 風が再び強く吹く。

 砂が舞い上がる。

 彼の周囲の足跡を消す。

 城門を出た日の痕跡も。

 彷徨った道の痕跡も。

 荒野で叫んだ痕跡も。

 すべて、なかったことのように。

 ヴェインの瞳が、ゆっくりと閉じる。

 意識が遠のく。

 笑いはもう響かない。

 荒野には、風だけがある。

 ただ、風だけが吹いていた。
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