悪役令嬢に転生した“元”狂人は普通に暮らしたい

幸見大福

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幼少期編

暗殺者の歓迎

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私たちはその後すぐに退室して、それぞれの自室へと戻った。突然黙ってしまった私は悲しんでいると思われたのか、お母様が必死に慰めてくれた。我が母よ、ありがとう。

外で待っていたリアナがこれを見て何があったのかと聞いてきたので説明したら、ちょっと用がありますとにこやかに去っていった。きっと嫌な予感がしたのは私だけじゃない。

…そういえばお母様と言えば。なんで壁から出てきたんだろう。すっかり聞くの忘れてた。



「…まぁいいか。」



特別大事って訳でもないし。

私は頭の中の疑問を振り払い、今日の行動を考える。準備と言ったが、大前提として婚約を解消しなければならない。それはルイが私に幻滅すれば良い。しかし、だからと言ってヒロインを虐めるのはダメだ。間違いなくヒロインを傷付ける。前世の所業を教えても良いが、一番リスクが高い。笑われるのがオチか、頭を心配されるだろう。まあ、これならまだ良いが。もしも勘違いされて人殺しと言われたら真っ先に殺される。

ならば普段から私を嫌いになるようなことをしよう。



…うーん。何だろう?あれぐらいの執着となると、目が覚めるぐらいの大きな衝撃が必要だ。



「日頃から悪い印象を持たせておく?だけど、傲慢というのはダメかなぁ。絶対誰か傷付くし。」



今世のモットー。誰も傷つけず、生きる。何回確認すれば良いんだろう。



「…取り敢えず、今日は下町に行くとしますか。」



貴族のドレスから質素な服…つまり、無地のワンピースを手に取る。そして、帽子。着替えると私は早速あの通路を通って外に出た。



「…こうもあっさりだと可哀想かな?でもこれが約束だし良いよね。」



でも大きくなってきたら別の対策を考えなくてはならない。いつまでも使えるものではないから。

木々の隙間に身体を滑らせ、塀を登る。そして、完全に私は敷地から出た。



「…ここからは完全に一人だ。誰も守ってはくれない。」



今から私は庇護下にある令嬢ではなく、唯の小娘、“マリー”だ。



「…さて、行きますか。」



短い足を踏み出し、自分の為に私は動く。



***



下町へ着くと、騒々しいとも思えるぐらいの人の声で溢れている。顔を顰めたいのを必死に抑え、一つの場所へ向かっていく。



「…暗殺者ギルド“紫音シノン”。」



今回の目標はコンタクトを取ること。ただそれだけでいい。

私は賑やかな通りから外れ、暗い道を歩く。殺意の目で見てくる人が何人もいたが、私は真っ直ぐ突き当たりを目指す。絡まれないのは何でか疑問を持ったが、それに越したことはない。

前を見る。正面にはこじんまりとした家が一軒立っている。だけど…



「…違うんだよね。」



これが扉というわけではない。入り口は…右だ。

少し視線を下へ向けると、窪んだ場所がある。覗き込むと、階段があることが分かる。これが入り口だ。

石の階段を下りていく。靴の音たげが響く空間は、私の緊張を高めていくばかり。

もしも上手くいかなかったら?もしも殺されたら?

考え出したらキリがない。



「…よしっ、行こう。」



手を伸ばしたら届く距離にあるドアノブを遂に引き、私は足を踏み入れた。

まず最初に感じたのは鼻をつく血生臭さ。そして、殺意しかない空気。



「っ…」



前世なら全然平気なはずだが、やはりこの身体は慣れていない。一瞬のうちに身体は固まってしまい、指一本動かせない。



「…誰だ」

「…っわ…」



パクパクと口をさせることしかできない私はとっても滑稽に見えるのだろう。

そんな自分を幻視し、恥ずかしいと思った。怯えてばかりで何のために来た?こんなの覚悟の上だ。私は、どの存在にもおびやかされることなく、生きる為にきた。

唇を噛み、冷却していた足を動かす。情けない。笑っている前世の自分を思い浮かべる。

遂に私はギルドへ完全に入った。



「……こんにちは。」



一応挨拶をすると、なにも帰ってこない。おかしいなと首を傾げたとき、目の前に影が立ちふさがった。



「おいおい、いつからここには子供までくるようになったんだ?」



見ると、 いつのまにか黒い服で全身を包んだ男が正面に立っていた。

私は気配を感じ取れなかったことに、一瞬眉をあげる。しかし、すぐに戻しニコニコと無垢な少女を演じる。



「ここに小さな男の子は居ませんか?」

「それより貴族の嬢ちゃん、ここがどういう場所かわかってるのかな?」



その目は殺すと語っている。舐めていると思われているのだろうか。

何で私が貴族だと分かったか謎に思ったが、頷かなければ曖昧で終わる。私は質問だけに答えた。



「うん!暗殺者ギルドでしょ?しかもトップレベルの。」

「それを知ってるのか。間違ってっていうわけではないんだな。だが嬢ちゃん、なにかの依頼に来ても代償はでかいぞ?」

「違うよ。人探し。ここに男の子はいない?」

「……。」



コツコツと爪を鳴らす音が聞こえる。

苛立っている様子を見るに、私ののんびりした空気が嫌いなのだろう。私だっての時にこんな奴がいたら間違いなく殺す。それを思うにかなりコイツは感情のコントロールが上手い。

まぁ、短気なのに変わりはないけど。



「なあに?おじちゃん達、私を殺すの?」

「ここだってバレると厄介だからな。来世に期待――」

「出来ないねぇ。既に散々だから」

「はっ?」



私はさらりと振り下ろされたナイフを回避した。まさか避けられると思わなかったのか、男は固まっている。致命的な隙ですよ?



「…はっ」



息を吐き、懐へ潜り込む。そして――



「ぐぅっっ」



大袈裟なくらい男が吹っ飛んだ。私の手にはキラリと光る刃。暗闇の中ではやけに目立つ。しかし、その先にはねっとりとした血がついていた。何のというのは子供でもわかる。



「…貴様…リーダーを!!」



リーダーというのは先程の男だろう。奥にあった気配が一つ消えたのを感じ取る。そして、次の居場所は…私の背後。



「と見せかけて上なんて面白いね、おじさんたち。」

「!?」



すっと気配を感じさせることなく降りてきたナイフを跳ね返し、バックステップ。距離をとると信じられないものを見たというような目を向けられる。



「…お前は…何者だ!?」



叫び声がうるさくて耳を塞ぐと、限界までつり上がった目が見えた。あれだ、舐めてるって思われてるね。ごめんよ、ならさっさとさ攻撃やめてくれない?こちとら久しぶりの運動で疲れてるんだって。



溜息を吐くと、また視界の端で光が反射する。



キンっという音共に、気配が遠ざかる。息をつく間も無くナイフの攻防が繰り広げられている中、私はまた一人と気配が動くのを感じる。流石にヤバイなと思った瞬間。リーダーと呼ばれた男が立ち塞がった。同時に全ての暗殺者が止まる。

僅かな威圧を含みながら男は口を開いた。



「……お前ら、いい加減武器をしまえ。この嬢ちゃんは見かけより強いらしい。無駄死にする前に引け。」



その言葉に逆らえないのか、暗殺者たちはすぐに元いた席へ戻った。

リーダーが近づいてくる。



「さて、問おう。嬢ちゃん、お前は何者だ?」

「…私はマリー。ただの一般市民です」



嘘の自己紹介をすると、鼻で笑われれる。ムカつく野郎だな。



「…はっ、プロでも及ばない実力と濃い殺意を纏わせて白々しい。何処かの暗殺者なんだろう。」



ううん?何か勘違いしていないか?まあ、実力については前世で培ってきたものとしか言いようがないんだけど。

というか殺意って言っていたな。私出している自覚ないんですが。



「…あの、少なくとも暗殺者ではないですよ?っていうか、ここに小さな男の子はいませんか!?」

「…その前に」



ぐいっと腕を掴まれる。あの、私何かしました?



「なんでお前みたいなのがここを分かったのか聞かせてもらおうか。」



奥を見ると、再び立ち上がった暗殺者たち。君たち懲りないね。私疲れたんだけど。

思わず遠い目になってしまう。さっきから何の情報も入ってこない。…もう良いや、黙って通らせてもらおう。

腕を振り払い、私は中へと足を進めた。



「なっ!」

「だから急いでるんだって。私は、男の子を探してるの。いる?」



再度聞くと、何故か男の身体がぶるりと震えた。なんで?私殺意も何も込めてないよ?



「…お前、なんでそんな堕ちた目をしてるんだ?」



一瞬言われていることが理解できなくて首を傾げたが、少しして気付く。

そうか、私は市民のふりをしているけれど



元となっているのは愛梨だ。



この空気に当てられて、前世の一端が出たのだろう。それが纏っている空気。そして目。今の私の精神全てが愛梨だから乗り移ったような感じになっでいるのだろう。



マリーベルなんて欠片もない。ただの殺人鬼しかいないのだ。



「…何でだろうね?まぁ、良いじゃん。私はただの六歳の女の子。いい?」



念を押してもう一度言うと、暗器を投げつけられた。危ないから即座にナイフで叩き落とす。

私の行動に男は特別驚いた様子もなく、フードとスカーフのわずかに空いている隙間から睨んでくる。先ほどの戦闘で私の実力の高さが分かったようだ。



「…んなわけねーだろ。お前、どこかの偵察部隊か?なら手を抜かずに全力でやるが。」



こいつ、依頼という考えは無いのか?というかもうすでに殺そうとしてましたよね?あと肝心のギーアはどこなの!

私のイライラが頂点に達しそうな時、当然誰かが私たちの間に割って入った。



「…あのさぁ、なんでも良いからさっさと話を進ませない?リーダー。もしかしたら本当に令嬢かもしれないよ?面倒ごとはゴメンっていうのはリーダーの口癖でしょ?」



口を出してきたのは私より頭一つか二つ高いぐらいの少年だった。多分歳は十歳ぐらい。ギーアの歳と一致する、と一瞬期待したが、ギーアの最大の特徴である右目下のほくろとオッドアイでないため、可能性が一瞬で潰える。



思わず落胆したのが顔に出そうになり、慌てて表情を引き締める。



私の目の前で、大きな男と顔をさらけ出しにこにことした表情の少年が互いに殺意を飛ばしている。



「お前誰に向かってそんな口を」

「実力では、僕の方が上。ここでは立場ではなく実力が上。でしょ?」



男は少年を相手に黙った。



淡々と自分のよりずっと年上を相手に意見をしていた姿は、その見た目より大分大人びていた。それもそうだ。こんな人の心なんて忘れるような場所にいるんだから。そもそも暗殺者になるには相当の過去、または覚悟が必要だ。



この少年も何かしらの過去を持っているのだろうか。前世の半分…いいや、それよりもっと短い時間しか生きていないような子が?……まあ、私が自暴自棄になり始めたのもこのくらいだったから何とも言えないんだけど。

そう軽く考えていたが、振り向かれた眼を見て私は絶句する事となる。



「……ねぇ、君だって話を聞いてもらえない人が相手なんて嫌だよね?良ければオレが聞くよ。」



さらりと振り返って少年は私に同意を求めてきた。しかし私には答えられる余裕がない。

無言で少年の瞳を覗き込む。



光がない漆黒の瞳は吸い込まれそうなぐらい闇が深い。ハイライトのない目はどこかで似たようなのを見たことがあるような気がする。結論はすぐに出た。



――前世の私だ。



生きていくことを諦めて全てを投げ捨てたときの、現実に絶望した目をしている。

思わず腕を掴む。考えついたのは余計なお節介だろう。だが、私はこの少年をほっておけない。どこか…私に似ているから。幼い時に現実に絶望したような姿が。すべてを投げ出した様な姿が。

驚いたように目を丸くする少年に、私は真剣な視線を向けた。



「今日来た件についてはまた明日来る。それよりもーー貴方、暗殺者ギルドを抜ける気は無い?」



この言葉にその場にいた者全員が言葉を失った。
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