悪役令嬢に転生した“元”狂人は普通に暮らしたい

幸見大福

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幼少期編

夢の神

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その後私は手頃な服を買って家へ帰った。少し全身に力が入っていなかったのはきっと、ギーアのオーラを受けて腰が抜けてしまったから。我ながら情けないとは思うが、それだけ殺気が強かった。仕方ないと心の中で言い訳をする。



そして部屋に入り寝室から戻ると、仁王立ちのリアナが待ち構えていていた。



「あ」

「あ、じゃないですよお嬢様!いきなり抜け出して…!」



眉と目を限界にまでつり上げている姿は、相当お怒りが伺える。いきなりって…ごめん、私なにも残してなかったね。せめて置き手紙でも残しておくべきだった。思い浮かばなかったのは疲れてたんだよ、きっと。



「…ごめんなさい。」



いろいろ心の中で言ったが、最終的には謝罪に行きついた。嘘が通じる相手でもないし。

そしてリアナの表情が崩れていく。段々と…うん?笑ってる?



「…うふふ、お嬢様。まさか紫音シノンに行くとは。あれ程行くなと言ったはずなのですが」



えっ、なんで知っているの!?

心の中で絶叫し、言い訳を試みようと視線を挙げる。すぐに察した。あれだ、笑顔で怒るタイプだ。そういう人って大体怖いよね。分かってくれる人いるかな。

っていうかなんで知っているのか聞いたら墓穴掘りそうでとっても怖い。こういう時どうしたら良いんだろう。



「…リ、リアナ何でそう思ったの?」



震えた声に、リアナは笑みを深める。



「私の知り合いから貴族の令嬢が紫音シノンに入ったという事をお聞きしました。そしてマリーと名乗り、手練れを圧倒したとまで。マリーベル様が姿を消した時間と丁度同じでしたのと、怪我を負っているとはいえ私に勝利したマリーベル様しかないと思いまして。」



何も言えなかった。

怖い笑みになったリアナがゆっくり私に歩き出す。主従関係逆転していないかと現実逃避気味に考えた。



「…お嬢様は転生者なんですよね。しかも成人していらしたのですよね。」

「え、えぇ。そうね。」

「なら忠告を聞き入れる事は出来たのでは?」

「うっ」



言外に「子供じゃないんだから人の注意は聞けや、ゴラァ」という言葉が見えた。話すの早まったかな。

遠い目になった私をリアナの目が射抜く。



「…お嬢様に何かあったら公爵家は大きく傾きます。旦那様は当然ご乱心なさいますし、奥様は悲しむでしょう。様は…分かりませんが、心配になるのは私もです。危険を冒すことはやめてください。」

「…ごめん。」



心底心配したというリアナに私は改めて謝罪した。自身の身を感じてくれてくれる存在が前世ではいなかったので考えもしていなかったが、今世ではいる。私が“マリーベル”である以上、勝手に死ぬことは許されない。



特にルイが怖そうかな!



最近顔を見ていない婚約者を思い出していると、リアナが真剣な目を向けてくる。

ゆっくりと開かれた口から出た言葉は最も私が知られなくない部分だった。



「…お嬢様、やはり何か隠していませんか?」

「何で?」

「転生したから強いと言うのはわかりましたが、何故暗殺者向けの戦い方なのです?」



私は何も言わなかった。

退出してと呟くと、リアナはなんだか悲しそうな表情で出て行った。



「…ごめんね」



私には告白できる勇気なんてないから。



何も考えずに、ソファに寝っ転がる。なんだか全てを忘れたい気分だった。



「…もう、今日は疲れた」



色々ありすぎて眠い。



「んー…」



瞼が重くなっていく。まだ夕方だというのに。ここで寝るのはダメだと理性が咎めているが、幼い体の体力では戦闘に耐えられなかったみたいだ。

ぼやけて意識を保つのも辛くなっていく。



…まぁいいか。



諦めて私は目を閉じた。



***



ここは…どこだろう



白い空間に一人立つ私は茫然としていた。寝たから夢なのだろう。自覚したのなんて今日が初めてだけど。それに視点と高さに違和感がある。



「…!…!」



おかしい。声も発せられない。やはり夢だから、だろうか。

視線を下へ向ける。



「…っ!」



黒い靴下。短いスカート、そして厨二感たっぷりの黒マント。

足の長さ、服。全てが…愛梨前世の記憶と一致した。つまり、私は前世の身体に戻っているのか。



ということは…



恐る恐る右目に触れる。思うように動いたとか考えられなくて、ただ恐怖の感情しかない。

震えた右手に伝わるのは布の感触。…眼帯だ。

ガクンとチカラが抜けそうな膝を叩く。



これはまだ私が小学校に上がる前に怪我をして失明してしまったのだ。原因は覚えていないが、私からしたら生まれた時からずっと付いてくる厄介なものでしかない。

他と違う。皆が普通に見えているものを見ることができず、ただでさえ複雑な家で遠巻きにされているのに、これを見た人殆どから忌避される。



……私はなんて夢を見ているのだろう。



何故夢なのにこんなに苦しく思いをしなくてはならないのか。本当、なんなんだ。

げんなりした気分に変わり、私は周りを見回す。うん、白い。

だがずっとこのままはつまらない。…歩くか。



足を踏み出し、私は方向感覚の狂わされる空間を進み出す。

久しぶりの感覚に転びそうになるが、すぐに慣れていった。同時に、歩くたびに揺れるあちこちに取り付けられている暗器に何とも言えない気持ちになる。



…というか声が出せないってとっても不便だーー



「あっ!マリ見つけた!」

「!?」



後ろから声がかかり、私は振り返った。なんで前世の名前なんだとか、なんで親しげなんだとか色々疑問が思い浮かぶ。

果たして正体はーー



「…」



声も出ないけど絶句した。



「あれ?どうしたの?」



思わずきゅるるん♪という擬音を背後に思い浮かべてしまった声の主は、とっても露出の高い服を着た女性で、私の一番の友人だった人だ。

スタイルの良い身体は私のように黒い服で覆われているが、あまり隠されてはいない。胸と腰だけ服を着た、最低限の装備だ。顔は…可愛い。十人中十人必ず振り返る美貌は、もうすぐ三十路だと思えない程若々しい。ピンク色の髪もさらに年齢不詳にさせている。



という訳で、こんな私と正反対の彼女だが、友人と呼べるぐらいは親しい。

だが謎は多過ぎる。なぜ私の夢にいるんだとか聞きたいことは沢山ある。

驚きに見開かれた私の目を覗き込み、彼女ーーシルフは何も言わない私を不思議そうに見てくる。シルフというのは仕事での名前だ。私は本名を使っていたけど、シルフは知らない。暗殺者は深入りをしていけないからだ。



「なんで何も言わないの?」



話したくても話せないんだよ。

そんな声は当然でないので、見だけで訴える。…いや、違う手があったな。

ふと仲間に送る合図を思い出す。確かその中に、喋るなという仕草があった。

そのジェスチャーをすると、シルフが首を傾げた。そしてかなりの間を開けてから、口を開く。



「…………声が出ないの?」



頷く。

するとシルフはおでこをピシッと叩く素振りをした。



「あっちゃあ~すっかり忘れてた。ごめんね、今話せるようにするから。」



一瞬何を言われているのかわからなくて思考が止まる。話せるようにするって…何をするの?

私が呆気にとられていると、シルフが何処からか杖を取り出し、高々に掲げた。



「モルペウスの権限にて命じる。マリを夢の神の使徒に昇格させよ!」



そう叫ぶと、ふっと身体が軽くなる感じがした。同時に、喉につっかえていた感覚がなくなる。

しかし、それよりも内容を私は考えた。夢の神の…使徒?



「…は?あっ、声出た。」

「うん!マリも神側になったからこれで話せるよ!」
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