PAST TIME CAPSULE

いっき

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幼馴染

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 私は家への道を茫然と歩いていた。
 もう、考えないようにしよう……そう思っても、瞳の奥を痛くする涙が溢れるのを抑えることができなかった。今まで当たり前だったと思っていた幸せが一瞬にして失われた……まるで心が粉々に砕け散るかのようで、目の前の全てが滲んで見えた。
 何故だろう、何が悪かったんだろう……。
 輝はあのサファイヤのネックレスを見て冷めたと言っていた。でも、そんなの、きっとただの口実だ。
 私も実は、気付いていた。輝に送ったLINEは、既読はついてもスルーされるか、返事が中々来なかった。デートの約束を取り付けてもドタキャンされて……たまにホテルに呼び出されるのは、彼がヤリたい時だけだった。きっと、私なんてただの都合の良い女で、私も実は気付いてて……でも、認めたくなくて目を背け、仮初の幸せに浸っていたのだ。
 そんな自分が滑稽に思えて、悔しくて、悲しくて。私は棒のように無機質に、自分の足を動かし続けた。
 私の足が大学の辺りに差し掛かった、その時……
「さ、さ……澤村さん」
 やはり消え入りそうな、つい最近……今朝にも聞いたような声が聞こえた。そんな蚊の鳴くような声に縋るように、私は振り返った。
「菅川……」
 あれだけ輝いていた夜景の明かりもちらほらと消え始めている。夜も遅いこんな時間にやはり不審な挙動を崩さずに御帰宅の様子の菅川が、いつも通りの冴えない表情を浮かべていたのだ。
「あんた、こんな時間まで研究?」
 私は、こいつには自分が彼氏に振られたことなんて悟られまいと、つとめて普通に話しかけた。
「う……うん。こんな僕なんだけど……もうすぐで、世界が求める技術を編み出せそうなんだ」
「へぇ、何だか、すごいね。そう言えば、いつも詳しくは聞いてなかったけど……」
 こいつとこんなに話が続くのも、初めてかも……そんなことを思いながら、やはりぼそぼそと話す彼に尋ねた。
「あんたの編み出そうとしてる技術って、どんな技術なの?」
「う、うん。ひ、光より速い速度で物を動かす技術」
「光より速い? そんなこと、できるの?」
 光より速くものを動かすなんて、私には想像もつかなかった。
「う、うん。そ、そうすることで、物を過去へ運ぶことができるんだ」
「え、マジで!? 凄いじゃん! それって、タイムマシンもできるってことだよね?」
 私がはしゃぐと、菅川はトマトのように赤くなって頷いた。
 恐らく、私の瞳は星が瞬くかのようにキラキラと光り輝いていたことだろう。
 何故なら、タイムマシンは私の小さい頃からの夢なんだ。過去と未来を繋ぐことのできる装置なんて、素敵でロマンチックすぎる!
 しかし、私はふと一つのことを疑問に思って菅川に尋ねた。
「でも……どうしてあんた、そんな研究してるの? だって、あんた、小さい頃は動物が大好きで、確か獣医になるのが夢だって……」
「さ、澤村さんが、小学校の卒業文集に書いてたから」
「えっ?」
 意外な言葉に、私は首を傾げた。
 卒業文集……どういうこと?
「欲しいもの……タイムマシンが欲しいって、さ、澤村さん、卒業文集の最後のページに書いてたから」
「何、それ。どうして? あんた、そんなことのために自分の夢を諦めたの……」
 そこまで言って、気付いた。
 こいつは、私の所為で夢を変えた。
 それって、どういうこと? 本当は獣医になりたかったのに、私がタイムマシンなんて欲しいって書いたから、タイムマシンを創ろうとしてるって……。
「あんた、もしかして……」
 私はあることを思い出した。
 小学校の卒業式の日、こいつは……友達とワイワイ帰ろうとしていた私を呼び止めて、オモチャのネックレスをくれたのだ。すごく緊張した面持ちで、しどろもどろになりながら……。それは、確か、青く光る作り物のサファイアだった。
 菅川は目を泳がせながら頷いた。夜景の光も半分以上消えてかなり暗くなってしまったので、はっきりとは分からなかったが、こいつの顔は真っ赤に変色していたことだろう。
「ぼ、僕……実は、小さい時から……小学生の時からずっと、澤村さんのことが好きでした。叶わない想いだと分かっていたけど、それでも……」
 えっ、マジで!?
 私の心臓はドクンと跳ねた。
 そんなこと、全然気付いてなかった。だって、こいつ、オモチャをプレゼントしてくれても、そんなこと一言も言わなかったし、何を考えてるのか、全然分からなかったし……。 
「で、でも……澤村さんには、素敵な彼氏さんがいるみたいだから……やっぱり、この想いは叶わないんだよね」
 彼はそう言って、泣きそうな顔で俯いた。
「プッ……」
 私はそんな彼を見て……何だか猛烈に可笑しくなって吹き出した。
「あははははは!」
 首を傾げて不思議そうな目を向ける菅川の前で、私は腹を抱えて大笑いした。
 こいつは、昔から何も変わらない。
 気弱で、臆病で、何言ってるのか、分からなくて……でも、何故か、そんな所が可愛いくて、放っとけないんだ。
「澤村さん?」
 彼は狐につままれたような声を出した。
 そんな彼に私は開き直りの入った元気いっぱいの口調で話した。
「ねぇ、菅川。私、今日、振られたの」
「えっ?」
 私がカミングアウトすると、菅川は目をパチクリとして私を見た。
 こいつの前では、何だか、そんなことで落ち込んでいたのも馬鹿らしくなってくる。
「ほら、見なよ。いつもはつけてるのに、ダイヤのネックレスも無くなってるでしょ」
 私は何もかかっていない自分の首元を指差した。
「あ、た、確かに……」
 つい数時間前まで……今日一日だけは違うネックレスだったことにはどうせ気付いていないだろうけど、菅川も納得した様子だった。
「だから……私、今、フリーなんだ」
 私が意味ありげにニッと笑うと、菅川は……もう大分少なくなった夜景の光を反射して、瞳をキラキラと輝かせ、希望を見出したような顔を向けた。
「だ、だったら、澤村さん。ぼ、僕と……友達から……始めてくれませんか?」
 結局「付き合ってくれ」とも言えない彼がまた、可笑しくて。またまた私は大笑いした。
 その日……私の二十一歳の誕生日。
 私は三年間付き合った完璧だと思っていたイケメンの彼氏に振られて、小学生の頃からの冴えない挙動不審な……だけど、とっても温かい幼馴染と『友達から』付き合うことになったのだった。
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