僕は遠野っ子

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六.ザシキワラシのハナちゃん

六.ザシキワラシのハナちゃん

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おじいちゃんの家……僕の家には、ザシキワラシのハナちゃんが住んでいる。ハナちゃんは僕たちのことが大好きで、たとえ僕たちには見えなくても、ずっと見守ってくれている。だから、僕たちも……ずっと、忘れないんだ。



 遠野のお盆には家の前にトオロギという、白い旗が掲げられる。それは、亡くなった人が迷わずに自分の家に来れるための目印になるもので。一昨年におばあちゃんが亡くなった、このおじいちゃんの家にも掲げられ、白い旗が風にたなびいていた。

「すごい……これ、何?」
 いつものように滋くんと遠野の村を歩いていた僕は、ある家の前で白い髪をした獅子舞のようなのが踊っているのを見た。
「これは、『獅子踊り』だな」
「獅子踊り?」
「そう」
 滋くんはうなずいた。
「この家のおじいさんは去年、亡くなった。一年以内に亡くなった人がいる家では、こうやって獅子が踊って、亡くなった人をとむらうんだ」
「ふーん……」
 ということは、去年はおじいちゃんの家でもこの獅子が踊ったのだろうか。おじいちゃんが一人だけの家で、獅子が踊って……おじいちゃんはどんな気持ちだったのだろう?
 僕は何だか、胸の奥がツーンと痛くなった。
 僕はおばあちゃんとは、ほとんど話した記憶がない。僕が物心ついた時にはすでに体を悪くしていたみたいで、元々住んでいた家にも来てくれたことはほとんどなかった。
 おばあちゃんって、どんな人だったのだろう? 僕は会いたくてたまらなくなった。

 そんな気持ちで迎えた、お盆最後の日のことだった。僕はどういうわけか、明け方……朝陽が昇るか昇らないかの頃に目が覚めた。庭はぼんやりと薄暗くて、でも、紺色をした空は下の方から薄っすらと金色に色づき始めていた。

僕はそっと庭に下りてみた。『コッコ』と名前をつけたニワトリはまだ、小屋の中で丸くなって眠っているみたいだった。
僕は庭の、夏なのにちょっと冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。とっても美味しい空気……僕のぜんそくは、ここに来てから、うそのように、ぴったりとおさまったんだ。
朝陽の金色が、徐々に空の上の方まで美しく染めていた頃だった。

「ねぇ」
不意に、後ろから声をかけられた。
「はやちゃん、だよね?」
僕が振り向くと……まだ薄暗くて顔がよく見えなかったけれど、黄色い着物を着た女の子が立っていた。
はやちゃん……誰に、だったかは忘れたけれど、僕は昔、確かにそう呼ばれたことがある。僕はそっとうなずいた。
すると、その女の子はやはり顔はよく見えなかったけれど、白い歯を見せて微笑んだ。
「やっぱり……こんなに大きくなったんだね」
まるで、僕のことをずっと前から知っているかのようだった。
「ねぇ、名前は?」
僕はそっと尋ねてみた。
「私は、ハナ。はやちゃんが来るずっと前から、この家に住んでいたんだ」
「そう……なんだ」

この子はきっと……ザシキワラシだ。
僕はそう思った。
家に幸せを運んでくれる、ザシキワラシ。僕が今、家族と一緒に暮らして、友達もたくさんいて。こんなに幸せなのも、きっと、ザシキワラシのハナちゃんのおかげなんだ。
その時……僕はふと、気になっていたことを尋ねてみた。
「ねぇ、僕のおばあちゃんは?」
「えっ?」
「僕のおばあちゃんは、どんな人だったの?」
すると、ハナちゃんはやっぱり顔はよく見えなかったけれど、にっこりと笑ったのが分かった。
「そうね。はやちゃんのおばあちゃんは……はやちゃんのことも、はやちゃんのおじいちゃんも、お父さんも、お母さんも、だぁい好きだった。そんな人だったんだよ」
「そっか……」
僕の鼻の奥には、ツーンと痛いものが込み上げた。
「そして、今も」
「えっ?」
「私ははやちゃんたちのことが大好きで。ずっと、見守ってる。はやちゃんに見えなくても、ずっと……」
その時……僕はやっと、思い出した。
僕のおばあちゃんの名前はハナっていって……僕が物心のつくかつかないかくらいの頃、「はやちゃん」って呼んでくれていたんだ。
「ハナちゃん……」
僕がもっと、お話をしようとした時……そこに、ハナちゃんの姿はなくて。代わりに、空にはとってもきれいな金色の朝陽が輝いていた。

「ねぇ、おじいちゃん」
僕はおばあちゃんの遺影を見つめているおじいちゃんにそっと話した。
「今日の明け方ね、僕……ザシキワラシに会ったんだ」
すると、おじいちゃんは少し目を丸くして僕を見たけれど……すぐに目を細めて、遺影の中のおばあちゃんに微笑んだ。
「そうか。昔から……黄色い着物の好きなやつじゃったなぁ」
 そっか……おじいちゃんも会ったことがあるんだ。ザシキワラシのハナちゃん……。
僕はそっと微笑んで、おじいちゃんの部屋を出た。

おじいちゃんの家……僕の家には、ザシキワラシのハナちゃんが住んでいる。ハナちゃんは僕たちのことが大好きで、たとえ僕たちには見えなくても、ずっと見守ってくれている。だから、僕たちも……ずっと、忘れないんだ。

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