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~第五章 恋唄班~
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五コマ目終了後の社福棟B129教室は賑やかだ。六つに分かれたグループのそれぞれがCDプレイヤーから音楽を流し、それに合わせて手話で『歌う』練習をしている。
僕はソロっと入る。
「たっくん、いらっしゃーい!」
沙羅が柔かな笑顔で、グーにした右手の親指をピンと上げた後に、両手をパーにして前から後ろへ動かした。手話で歓迎してくれているらしい。
「どのグループに、入りたい?」
手を動かしながら尋ねられる。
しかし、僕は噛み合わない質問をする。
「『手話コーラス』で……聾者に『音楽』を伝えるには、どうしたらいいんですか?」
沙羅は、きょとんとする。
「『音』は『耳』で聞くもので『目』で見るものではない。『手話コーラス』が『音楽』だと言うことは、聾者に『嘘』をつくことだと言われました。でも……僕は『音楽』を伝えたい」
僕は真っ直ぐ彼女を見つめて言う。
「僕が『音楽』を伝えたい、と思っている聾者は『音楽なんて、嫌いだ』と『言い』ました。『私には、音が聞こえないから』とも。でも、僕は彼女に『音楽』を伝えたい。だって、『音楽』は誰の心も震動させるんだから」
僕は言い切る。
すると、沙羅はニコッと笑った。
「何かと思えば、今日は突然、随分熱く語り出すのね」
「あ……いや」
考えてみたら、この教室に入っていきなしこんなことを語り出すなんて、かなり変だ。
でも、この部長なら僕のもやもやした気持ちを分かってくれる、そして、僕にちゃんとした答えを出してくれる。
何故か、そう思ったんだ。
「聾者に音楽を伝えるには……それは、あなたの中でもう答えが出てるじゃない」
沙羅は、悪戯な目で僕を見る。
「えっ、それはどういう……」
「『音楽』は誰の心も震動させる、それが、答えよ」
悪戯な目は細くなり、柔らかな笑顔になった。
「確かに、『音』は鼓膜を震動させるもの。鼓膜から『音』を感じることができない聾者には『音楽』を『聴く』ことができない。聾者はそれで『音楽』を嫌う人も多いわ。でも、私は『音楽』は、ただ鼓膜を震動させるものではなく、誰の心も揺さぶるものだと思うの」
この人も、僕と同じ考え方をしてる。そのことが、とても嬉しくなった。
「心を震動させる方法は……『耳で聴く』だけではない。勿論、『耳』も大事だけれど、『目で見る』ことでも。手段こそ変わるけれど、『音楽』で心を揺さぶることには変わりない、と思うの」
沙羅は、初めて真剣な表情を見せる。
「手話サークル『歩み』ではね、自己満足の手話コーラスはやっていない。聾者に『音楽』を伝えることのできる……誰の心も揺さぶることのできる、『本当の手話コーラス』を目指している。だから、一度でいい。その聾者の彼女も私達の手話コーラスを『聴いた』ら、心を揺さぶられて……考えを変えると思うわ」
僕はジーンときた。
やっぱり、この人に相談して良かった。僕の突拍子もない疑問に、きちんと答えを出してくれた。
すると、沙羅の目に悪戯な色が映った。
「という訳で、たっくんのグループは、私達のグループ、『恋唄』班で決まりね!」
「えっ?」
「だって、好きなんでしょ? その聾者の彼女さんのこと。親交祭で、あなたの勇姿を見せて想いを伝えなきゃね!」
「い、いや、違……」
「そんな赤くならない! さぁ、あなたも『本当の手話コーラス』ができるようになるように、私が、ビシバシ鍛えてあげるわよ!」
やっぱり、ちょっと失敗だったかも知れない……。大はりきりに早とちりするパワフルな彼女を見て、そう思ったのだった。
「さぁ、恋唄班を紹介するわ」
沙羅は柔かに言う。
「恋唄班は、まずご存知、私。『沙羅』」
『皿』を示す手話をする。
「そして、『チェリー』」
沙羅は左手の親指と人差し指で輪っかを作った上に右手の人差し指を乗せて『さくらんぼ』の手話をした後、小柄な女子を指し示した。彼女は、赤くなって『はじめまして』の手話をし、さらに赤くなって俯いた。
「『チェリー』は、すごく恥ずかしがりやさんで、すぐに、さくらんぼみたいに真っ赤になるの。だから『チェリー』」
沙羅が紹介すると、『チェリー』はさらに真っ赤に、小さくなった。
(この人……大丈夫だろうか?)
僕は一抹の不安を覚えた。
「それと、『パンダ』」
沙羅が両手で輪っかを作って目の周りに添えて紹介すると、
「パンダでーす!」
大柄な小太りの男子が同じく両手の輪っかを目に添えて自己紹介した。
こちらは、ニックネームの由来は言わずもがな体型から、『チェリー』と対象的な性格……といったところだろうか。
「そして、こちらが新しく入ってきてくれた『たっくん』」
僕も『恋唄班』の二人に紹介された。
「この四人が、『新・恋唄班』よ!」
何だか、僕の入った手話コーラスのグループは一癖も二癖もありそうな所のようだった。
「早速練習……といきたい所だけど、まずは私達の『手話コーラス』を見て貰ってからね」
沙羅は、笑顔で言う。
「私達の『手話コーラス』を見て、それがあなたの言う『心を震動させる音楽』か。あなた自身で判断してみて。それで、イメージと違ったら……今からでも班を変えるのはあなたの自由よ」
沙羅から笑顔が消え、真顔になる。
しかし、その顔は途轍もない自信に満ち溢れているようにも見えた。
「さぁ、行くわよ。準備はいい?」
沙羅は、『恋唄班』の二人に確認してからCDプレイヤーを流した。
僕は息を呑む。
CDプレイヤーから躍動感溢れるサウンドが流れ出し……
(何だ、これ?)
僕は、三人の贈る『手話コーラス』の宇宙に吸い込まれた。
恥ずかしがりやの『チェリー』も音楽が始まった途端に堂々と音楽に乗る。
お調子者の『パンダ』も、さっきとは完全に別人。
沙羅のパワフルな手話、その強弱、表情……それと、完璧に揃っている。
リズムの躍動とそのタイミング、それは一ミリもズレていない。三人とも、全身で一つの『音楽』を表現している。
圧巻の『手話コーラス』、それは、あっと言う間に終わった。
「どうだった?」
沙羅は、自信満々の笑みを浮かべて尋ねる。
「すごかった……ありきたりなことしか言えないんですが、本当に、すごかったです。みんなで一つの『音楽』を表現していて……感動しました」
すると、沙羅は優しく目を細めてニコっと笑う。
「そう。この班はサークルの中でも、一番『本当の手話コーラス』に近い班よ。だから、あなたを誘ったの。手話コーラスは……心を震動させる『本当の』手話コーラスは、一人ではできない。『みんなで』作り上げるものなの。さらに言えば、手話初心者のあなたも、あと二ヶ月弱……『親交祭』までに私達のレベルにまで追いつかなくてはいけない」
沙羅は、右手で力こぶを作った。
「だから、私達、あなたを『親交祭』まで、ビシバシ鍛えるわよ。初心者だからって、容赦しない。分かった?」
「はい!」
僕は返事をした。
力強く。
それには手話をつけなかったが……三人の頼もしそうな瞳を見ると僕の本気は伝わったようだ。
「では、改めまして」
沙羅は、コホンと咳をする。
「『恋唄班』へようこそぉ!」
三人は……恥ずかしがりやの『チェリー』も、お調子者の『パンダ』も、みんな揃って弾ける笑顔で僕を歓迎してくれた。
こんな所も揃ってる……。もしかすると、一番素敵な手話コーラスのグループに入れたかも知れない。
僕はそう思い、嬉しくなったのだった。
僕はソロっと入る。
「たっくん、いらっしゃーい!」
沙羅が柔かな笑顔で、グーにした右手の親指をピンと上げた後に、両手をパーにして前から後ろへ動かした。手話で歓迎してくれているらしい。
「どのグループに、入りたい?」
手を動かしながら尋ねられる。
しかし、僕は噛み合わない質問をする。
「『手話コーラス』で……聾者に『音楽』を伝えるには、どうしたらいいんですか?」
沙羅は、きょとんとする。
「『音』は『耳』で聞くもので『目』で見るものではない。『手話コーラス』が『音楽』だと言うことは、聾者に『嘘』をつくことだと言われました。でも……僕は『音楽』を伝えたい」
僕は真っ直ぐ彼女を見つめて言う。
「僕が『音楽』を伝えたい、と思っている聾者は『音楽なんて、嫌いだ』と『言い』ました。『私には、音が聞こえないから』とも。でも、僕は彼女に『音楽』を伝えたい。だって、『音楽』は誰の心も震動させるんだから」
僕は言い切る。
すると、沙羅はニコッと笑った。
「何かと思えば、今日は突然、随分熱く語り出すのね」
「あ……いや」
考えてみたら、この教室に入っていきなしこんなことを語り出すなんて、かなり変だ。
でも、この部長なら僕のもやもやした気持ちを分かってくれる、そして、僕にちゃんとした答えを出してくれる。
何故か、そう思ったんだ。
「聾者に音楽を伝えるには……それは、あなたの中でもう答えが出てるじゃない」
沙羅は、悪戯な目で僕を見る。
「えっ、それはどういう……」
「『音楽』は誰の心も震動させる、それが、答えよ」
悪戯な目は細くなり、柔らかな笑顔になった。
「確かに、『音』は鼓膜を震動させるもの。鼓膜から『音』を感じることができない聾者には『音楽』を『聴く』ことができない。聾者はそれで『音楽』を嫌う人も多いわ。でも、私は『音楽』は、ただ鼓膜を震動させるものではなく、誰の心も揺さぶるものだと思うの」
この人も、僕と同じ考え方をしてる。そのことが、とても嬉しくなった。
「心を震動させる方法は……『耳で聴く』だけではない。勿論、『耳』も大事だけれど、『目で見る』ことでも。手段こそ変わるけれど、『音楽』で心を揺さぶることには変わりない、と思うの」
沙羅は、初めて真剣な表情を見せる。
「手話サークル『歩み』ではね、自己満足の手話コーラスはやっていない。聾者に『音楽』を伝えることのできる……誰の心も揺さぶることのできる、『本当の手話コーラス』を目指している。だから、一度でいい。その聾者の彼女も私達の手話コーラスを『聴いた』ら、心を揺さぶられて……考えを変えると思うわ」
僕はジーンときた。
やっぱり、この人に相談して良かった。僕の突拍子もない疑問に、きちんと答えを出してくれた。
すると、沙羅の目に悪戯な色が映った。
「という訳で、たっくんのグループは、私達のグループ、『恋唄』班で決まりね!」
「えっ?」
「だって、好きなんでしょ? その聾者の彼女さんのこと。親交祭で、あなたの勇姿を見せて想いを伝えなきゃね!」
「い、いや、違……」
「そんな赤くならない! さぁ、あなたも『本当の手話コーラス』ができるようになるように、私が、ビシバシ鍛えてあげるわよ!」
やっぱり、ちょっと失敗だったかも知れない……。大はりきりに早とちりするパワフルな彼女を見て、そう思ったのだった。
「さぁ、恋唄班を紹介するわ」
沙羅は柔かに言う。
「恋唄班は、まずご存知、私。『沙羅』」
『皿』を示す手話をする。
「そして、『チェリー』」
沙羅は左手の親指と人差し指で輪っかを作った上に右手の人差し指を乗せて『さくらんぼ』の手話をした後、小柄な女子を指し示した。彼女は、赤くなって『はじめまして』の手話をし、さらに赤くなって俯いた。
「『チェリー』は、すごく恥ずかしがりやさんで、すぐに、さくらんぼみたいに真っ赤になるの。だから『チェリー』」
沙羅が紹介すると、『チェリー』はさらに真っ赤に、小さくなった。
(この人……大丈夫だろうか?)
僕は一抹の不安を覚えた。
「それと、『パンダ』」
沙羅が両手で輪っかを作って目の周りに添えて紹介すると、
「パンダでーす!」
大柄な小太りの男子が同じく両手の輪っかを目に添えて自己紹介した。
こちらは、ニックネームの由来は言わずもがな体型から、『チェリー』と対象的な性格……といったところだろうか。
「そして、こちらが新しく入ってきてくれた『たっくん』」
僕も『恋唄班』の二人に紹介された。
「この四人が、『新・恋唄班』よ!」
何だか、僕の入った手話コーラスのグループは一癖も二癖もありそうな所のようだった。
「早速練習……といきたい所だけど、まずは私達の『手話コーラス』を見て貰ってからね」
沙羅は、笑顔で言う。
「私達の『手話コーラス』を見て、それがあなたの言う『心を震動させる音楽』か。あなた自身で判断してみて。それで、イメージと違ったら……今からでも班を変えるのはあなたの自由よ」
沙羅から笑顔が消え、真顔になる。
しかし、その顔は途轍もない自信に満ち溢れているようにも見えた。
「さぁ、行くわよ。準備はいい?」
沙羅は、『恋唄班』の二人に確認してからCDプレイヤーを流した。
僕は息を呑む。
CDプレイヤーから躍動感溢れるサウンドが流れ出し……
(何だ、これ?)
僕は、三人の贈る『手話コーラス』の宇宙に吸い込まれた。
恥ずかしがりやの『チェリー』も音楽が始まった途端に堂々と音楽に乗る。
お調子者の『パンダ』も、さっきとは完全に別人。
沙羅のパワフルな手話、その強弱、表情……それと、完璧に揃っている。
リズムの躍動とそのタイミング、それは一ミリもズレていない。三人とも、全身で一つの『音楽』を表現している。
圧巻の『手話コーラス』、それは、あっと言う間に終わった。
「どうだった?」
沙羅は、自信満々の笑みを浮かべて尋ねる。
「すごかった……ありきたりなことしか言えないんですが、本当に、すごかったです。みんなで一つの『音楽』を表現していて……感動しました」
すると、沙羅は優しく目を細めてニコっと笑う。
「そう。この班はサークルの中でも、一番『本当の手話コーラス』に近い班よ。だから、あなたを誘ったの。手話コーラスは……心を震動させる『本当の』手話コーラスは、一人ではできない。『みんなで』作り上げるものなの。さらに言えば、手話初心者のあなたも、あと二ヶ月弱……『親交祭』までに私達のレベルにまで追いつかなくてはいけない」
沙羅は、右手で力こぶを作った。
「だから、私達、あなたを『親交祭』まで、ビシバシ鍛えるわよ。初心者だからって、容赦しない。分かった?」
「はい!」
僕は返事をした。
力強く。
それには手話をつけなかったが……三人の頼もしそうな瞳を見ると僕の本気は伝わったようだ。
「では、改めまして」
沙羅は、コホンと咳をする。
「『恋唄班』へようこそぉ!」
三人は……恥ずかしがりやの『チェリー』も、お調子者の『パンダ』も、みんな揃って弾ける笑顔で僕を歓迎してくれた。
こんな所も揃ってる……。もしかすると、一番素敵な手話コーラスのグループに入れたかも知れない。
僕はそう思い、嬉しくなったのだった。
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