洞窟姫と封印の指輪

いっき

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第七章 太陽と氷の戦い

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「リルムは、何も考えないでいいから。後は、僕達が何とかする」
 再度リルムと共にディアスに乗り、洞窟まで送りとどけたエバンは言った。
「でも……」
「これは、カヴァラ国の問題なんだ。だから、リルムを巻き込むわけにはいかない」
 エバンは寂しそうにそう言い、ディアスに跨った。
「この問題が片付いたら、リルム。今度こそ結婚しよう」
 エバンがそう言って寂しそうに笑うと、ディアスは颯爽と走り出した。

 エバン王子……死ぬつもりなんだ。
 最後の寂しそうな笑顔でリルムは悟った。

 自分に結婚しようと言ってくれたエバン王子。それだけではない。
 カヴァラ国とマグリア国を仲直りさせて、私にまた、お父さんとお母さんに会わせてくれるとも言ってくれた。
 そんな王子を、絶対に死なせるわけにはいかない!

 リルムは瞳を熱い決意で光らせ、『封印の指輪』を外した。妖精のメレンがそれを受け取る。
 夜は明け、うっすらと朝日が射し始めていた。
 カヴァラ国土は一日でほぼ氷漬け、洞窟のあるハンバルにも氷は達していた。アシスの魔力の凄まじさ、禍々しさが窺い知れる。

 暗い空をうっすらと金色に染めてゆく朝焼け。その美しい光がリルムを照らすと、リルムは眩いばかりの光に包まれる。
 『死』の土地となった大地の氷はリルムの発する熱で溶ける。色とりどりのお花畑は息を吹き返し、美しい『太陽』の光に顔を向ける。
 邪悪な者に凍らされし者達よ、生き返れ!
 リルムは、母なるエネルギーを大地の全てのものに注ぎ込む。

 茶色く萎れ凍っていた木の葉は、鮮やかな緑色を取り戻す。白い小鳥達も、喜びに満ちた美しい声で囀り始める……。
 リルムという太陽が、冷たく息を途絶えかけていた全ての生命体に再度命を吹き込んでゆく。

 この世の全ての生命。自分が守り通したい、愛おしくて堪らない命の息吹。
 太陽となったリルムは、『生きたい』と願う全ての生命の躍動を全身で感じる。
「絶対に、あいつの好きにはさせない」
 リルムの青く澄んだ瞳に、赤い決意の熱を含む光が煌々と灯った。

 エバンは、ディアスに乗り王宮へ戻った。ミハエル国王は、この件に関する緊急の会議を開くため不在であった。
 凍りついた王宮。ディアスから降り剣を持ったエバンは、全て凍らされた冷たい王宮の中を進んで行った。
 差し違えてもいい。あの邪悪な者にこの世界を支配させることだけはしてはいけない。
 そう思った。
 王宮の玉座……いつも父の国王が座っていた椅子に頬杖をつき、冷たい微笑を浮かべたアシスは座っていた。
「お前も余程氷になりたいようだな」
 アシスは冷たい声で言った。
「そんなことはさせない。僕が、お前を食い止める!」
 エバンは、剣をアシスに向けた。
「まぁ、そう、いきり立つな」
 アシスは、邪悪な笑みを崩さない。
「王宮の外へ出て、少し昔話をしよう」
 アシスは、王宮の外へ向かい歩き出した。エバンは、最大の警戒を払いながらアシスと共に王宮の外へ出た。

「あの森の彼方、クライスが俺の育った町だ」
 微かに太陽が顔を見せている下。アシスは凍りついた王宮の庭園で遥か彼方を指差した。
「ひどい町だったよ。全てが俺の敵だった。両親は俺が生まれてすぐに売りに出し、俺は金持ちの家で奴隷として……玩具として扱われた。町の住人達も、ボロボロにされている俺を見てただただ嘲笑っていた」
 アシスは少し遠い目をした。
 エバンは、驚いた。まさか、この国にそんな町があっただなんて……。
「でも、俺は今ではあの町に感謝している。生まれた時から人間の邪悪さを全て教えてくれた。人間などに情けをかける必要なんてない」
 アシスは、初めて複雑な感情を露わにしたように見えた。
「俺は氷の心を持つとともにこの力を手にした。そして、恨み多きあの町を……俺を引き取った主、両親を含め全てを凍らせた。そして、俺をここに連れて来て、ただ利用しようとした王妃も凍らせた」
「何てことを……」
 エバンはそう言ったものの、どちらが正しいのか分からない、不思議な感覚にとらわれた。
「俺が邪悪な人間を全て始末する。まずは、恨み多きこの国を……そして、世界を支配して神になるんだ」
 アシスは、再び冷たい微笑を浮かべた。
「させない!」
 エバンは熱い気持ちと共に、剣をアシスに向けた。

『キーン、カキーン!』
 エバンは、アシスに向け剣を振るう。剣はアシスに触れると同時に凍りつき、手の感覚もなくなっていた。恐らく、凍っているのだろう。
 しかし、そんなことを気にしている時ではない。
 アシスは剣も何も持たないのに、余裕の笑みを浮かべ応戦している。
 何しろ、アシスに触れた物は全て凍り動きを停止するのだ。勝ち目はほぼ皆無だった。

 勝つ方法はあるのか……。
 エバンは考えた。
 アシスの胸の真ん中、心臓のある辺りを見る。この剣で不意をつき、心臓を突けばもしかすると……。
 エバンは、ただ気力のみで剣速を上げた。そして、アシスの胸の中心……心臓に剣を突き刺した!
 しかし……
『パリーン!』
 勢いをもって突き刺したはずだった。だが、剣はその衝撃とアシスの魔力に耐え切れず折れてしまったのだ。
 エバンは、茫然とした。アシスは冷酷な微笑みを絶やさず、そんなエバンを氷漬けにしようと歩み寄り、手を近付ける。
 やられる……。
 エバンは観念した。しかし、眩しい太陽の光が二人を照らす。
 太陽……いや、違う。
 これは……。

「やめなさい!」
 アシスは手を止め声のする方を見た。そこには、太陽に照らされ眩いばかりの光を放つリルムがいた。
 温かい……。
 リルムの放つ熱が凍り痺れていた手足を溶かし、エバンの感覚が戻る。

「リルム、どうして?」
「私、あなたを死なせるわけにはいかない」
「でも、これはカヴァラ国の問題なんだ」
「いいえ、カヴァラ国の……あなたの問題は、私の問題よ。それに、あいつは邪悪な力でこの世界を支配しようとしている。絶対にあいつの好きにはさせない!」
 リルムは、熱い決意を瞳に光らせアシスを見る。アシスは、青白く冷たい瞳光をリルムに向けた。
「エバンは私に近づかないで……下がってて。メレン、エルス、マリヤ。エバンをお願い」
 妖精達は、エバンを介抱した。 

「その様子だと、俺と共に世界の神となる気はないようだな」
 アシスは冷たく言った。
「そんなの、元よりないわ」
 リルムは、キッと睨んだ。
「馬鹿な奴だ。それほどの力を持ちながら、それを活かす術を知らない。邪悪な人間を守ろうとする」
「人間は、邪悪なんかじゃないわ! お父さん、お母さん、それに、エバン王子……愛する者への温かさに満ちている。あなたに、何が分かるの?」
「分かるさ。俺は、邪悪な人間への憎悪のみで生きてきた。その憎悪が俺の氷の魔力を増幅させこの世界の神たる力を俺に与えたのだ」
「もう、何を言っても無駄なようね」
 リルムは、全身を煌々と光らせアシスに近づいた。アシスの周囲の氷は、溶け始める。
 しかし……アシスの氷の魔力はさらに威力を増し、溶け始めていたものを再度凍らせた。
 そして、アシスは右の手の平をリルムに向ける。アシスの手の平……青白く光る痣から発せられる凄まじい冷気がリルムに突き刺さる。
 冷たい。何という禍々しさ……。
 リルムは思う。
 これほど冷たく憎悪に満ちた者に、今まで会ったことがなかった。何が……こいつをこれほどまでの憎悪に掻き立てるの?

 太陽が沈み始める。リルムを包む光が薄れてゆく。『太陽の魔力』が夕闇に隠れようとする。
 しかし、『氷の魔力』はさらに威力を増してリルムに突き刺さる。
 冷たい……。私、死ぬの?
 もう、時間もない。太陽が完全に沈んでしまったら、勝ち目はなくなってしまう。

 しかし……
「リルム。今度こそ結婚しよう」
 エバンの言葉を思い出す。
 私にはみんながいる。
 エバン王子、お父さん、お母さん、妖精達。それに、これからの温かい未来もある。
 だから……こんな邪悪な者に負けるわけにはいかない!
 リルムの瞳に、再度赤い決意の光が煌々と灯った。

 その時だった。太陽が沈もうとする瞬間、今までにないほど眩しいオレンジ色の西日が降り注いだのだ。
 リルムは、アシスのもとへ歩み寄る。
 どういうわけか、アシスは一歩も動かず、微笑んでいるように見えた。それも、冷たく邪悪な微笑みではなく、少年のような透き通った微笑み……。 
 リルムの全身はこれまでないほどに煌々と光り、凄まじい熱を放つ。強力な『太陽』となったリルムは、アシスを抱き締める。
 その時だった。
『嫌だ……僕を捨てないで! 虐めないで! 痛い……怖い!』
 リルムの頭の中に、アシスのこれまでの記憶が雪崩れ込んだ。
 一度も愛情をかけられずに母親に売られ……捨てられた。奴隷として引き取られた家では毎日のように虐められ、玩具として扱われた。
 痛い……怖い!
 誰か、助けて……。
 ある日、絶大な魔力を持ち、その恐怖から解放された。魔力に頼るしか……強大な力で全ての者を凍りつかせるしか、生きてゆく術が分からなかった。

 何て……酷い運命なの?ずっと一人だったのね。辛かったのね。
 もう……そんな辛い想いはしなくて大丈夫だから。
 リルムはアシスに語りかけた。
 リルムの腕の中で、アシスは幼く無邪気な少年に戻り、涙を流した。アシスはそのまま、まるで氷が溶けて消えるかのように消えてなくなった。

 太陽が完全に沈み夜になった。
 エバンは、メレンから『封印の指輪』を受け取りリルムの左手の薬指にはめた。リルムの頬には一筋の涙が伝っていた。
「可哀想な子だったの」
 リルムは言った。
「生まれた時には捨てられて、ずっと一人で辛くて痛い想いをして……」
「もしかすると、本当は……消えてしまうつもりだったのかも知れないな」
「えっ?」
「だって、太陽と氷は正反対の力。一緒に世界を支配できるわけがないんだ。あいつは、やろうと思えば昨日僕達を始末することができた。でも、今日まで時間を置いたということは……」
 エバンは、複雑な表情を浮かべた。
「私達……国の子供達に絶対にあんな想いをさせてはいけない。これからは、あなたと力を合わせて私達の国を守ってゆく」
 リルムは、決意を秘めた瞳でエバンを見つめた。
 エバンは、その瞳に見とれて……気がついた時にはリルムを抱き寄せ、唇を重ねていた。
 リルムは目を丸くした。しかし、エバンの唇の温かさに身を委ね、目を瞑った。

「キャー! ついに口づけよ!」
 妖精達は、恥ずかしさに目を覆いながらもはしゃぎ、喜んだ。その奥では、白馬のディアスが鮮やかな緑色の青草を頬張っていた。
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