やわらかな手

いっき

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二.ぼくの名前

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それからはぼくにとっては、おっかなびっくりなことばかりだった。お姉さんの手から小さな箱に入れられて、真っ暗でせまい場所でしばらくガタゴトとゆられた。
何も見えなくって不安でこわかったけれど、かおりちゃんのはずんだ声もずっと聞こえていて、ぼくはワクワクしていた。だって、かおりちゃんの声って、すきとおっていて、キラキラしていて。そんな声が近くで聞こえると、 ぼくは何だか、新しい毎日が始まる予感がしてドキドキとしていたんだ。

しばらくゆられていると、ぼくの入った箱は何かに置かれたのか、ゆれるのがおさまった。そしてとつぜんに箱が開かれて、まばゆい光がさしこんできた。
ぼくはびっくりして、しばらくは動かないでじっとしていた。
「あれぇ、出てこないよ」
かおりちゃんの声が聞こえた。
「シマリスくんもきっと、なれていないことが起こってびっくりしているんだよ。自分から出てくるまで、待っていようよ」
「うん、分かった!」
お父さんとかおりちゃんのそんな声が聞こえてきた。
どうしよう……ここは一体、どこだろう?
出て行って確かめたいとも思ったけれど、中々、その勇気が出なかった。
だけれども、じっとしていると心のワクワクだけがくすぶって、体の中がむずむずとしてきた。だからぼくは、おそるおそる、箱の開いた出口からそぉっと外に出た。

「わぁ、やっと出てきた」
明るい外に出て、一番に飛びこんできたのは、白い歯を見せたかおりちゃんのキラキラとかがやく笑顔だった。その笑顔はとってもかわいくて、やさしくて、ぼくはうれしくなった。
あたりを見わたすと、ピカピカとかがやくケージに、木のにおいがただよってくるような小屋、とってもきれいな回し車……ぼくの家のどれもこれもが、新しくなっていた。
「これから、よろしくね」
にっこりとほほえむかおりちゃんと目が合って、ぼくはまた体の中がむずむずとした。

「かおり。名前を決めてあげよっか」
お父さんがやさしい声でふんわりと言うと、かおりちゃんはいたずらっぽくへへっと笑った。
「それなら、もう、決めてるよ」
そしてまた、ぼくにその大きな目を向けた。
「名前は『ポコ』。初めて見た時から、ポコって決めてたの」
『ポコ』。それは、ぼくにつけられた初めての名前。
それからは、かおりちゃんがぼくにひまわりの種をくれたり遊んでくれる時には、かならず『ポコ』って呼んでくれたんだ。
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