善夜家のオメガ

みこと

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相変わらず…。
きっと冴えない佑月の見た目のことを言っているのだろう。
目の前の双子は母によく似ている。少し冷たい印象のクールな美しい顔。艶やかな黒髪。二人ともショートヘアだが少し長めにしているのは詩月だ。たまにピンで止めたり、軽く結ったりしている。髪型を変えるたびに健人が可愛い、可愛いとべた褒めしていたのを思い出した。
二人ともオメガにしては背が高く、百七十センチほどあり顔が小さく手足が長い。そして高校生らしからぬ色気がある。
二人を見た人たちは皆『さすが善夜のオメガだ!』と褒め称えていた。
それに引き換え自分は…。
佑月は思わず下を向いてしまう。
theオメガというような小さな身体。父親似の色素の薄い髪はごく僅かに天然パーマだ。上手くまとめることが出来ないので常にボサボサで、それを目が隠れるように伸ばし黒縁のオシャレとは程遠いメガネを掛けている。

「佑月、今週末の天沢さんとの見合いはあなたが行きなさい。」

「え…?」

盗み聞きを怒られると思っていた佑月は母の予想外の言葉が一瞬理解出来ず、ポカンと顔を上げた。

「聞こえなかったの?天沢さんの息子とお見合いするのよ。良いわね?粗相がないようなさい。」

「え?えっ?」

「しゃんとなさい。善夜の長男でしょ?いっつもオドオドして。みっともない。」

「あ、ごめん、なさい…。」

真知子はもう一度佑月を見てため息を吐いて立ち上がった。

「全く私の息子たちは…。」

「奥様そろそろご準備を。」

真知子がさらに小言を言おうとするとドアがノックともにに声が聞こえる。
家政婦の章子だ。
準備とはパーティーに行く準備のことだろう。真知子は毎晩のようにパーティーに顔を出して交友関係を広げている。天沢家の当主ともそのパーティーの一つで知り合ったのだ。

「分かってるわ。詩月、番いになったことはまだ公表するんじゃありませんよ。然るべき時に私の口から発表します。」

「…はい。」

まだ怒りが収まらない真知子は息子たちをキッと睨み付けて部屋から出て行った。




「ふぅ…。鬼の形相とはあのことだね。」

「全くね。」

双子は母が出て行ったドア見ながらを鼻で笑って様子でソファーの背に身体を沈ませた。

「あ、あの詩月、その…。」

佑月が恐る恐る詩月の方を見ると、詩月がニヤリと笑う。

「ふふ。見る?」

「え?」

うなじにかかった髪を手で持ち上げて佑月に見えるよう後ろを向いた。

「あっ!」

その白く細いうなじには、まだ生々しい赤い歯形がくっきりと付いていた。

「うわぁ…すごい…痛いの?」

「ん?まぁ少しね。健人、思いっきり噛んだがら。」

詩月が手を下ろしながらふっと笑った。その時のことを思い出したのだろう。その顔を壮絶に色っぽかった。

「積年の思いをぶつけたんだね。」

葉月がうなじを見ながらうんうんと頷きながら言う。

「そうかもね。」

「食いちぎられなくて良かったね。」

「あはは。」

さも可笑しそうに双子は笑い合っていた。佑月はそれを呆然と見つめる。
この二人にとってこの問題や母の逆鱗は大したことではないのだ。

「あ、そうだ!佑月、週末頑張ってね。」

詩月がニコリと微笑んだ。この双子は佑月のことを兄さんなどと呼ばない。挙げ句子どものように扱う。

「そうそう。僕たち二人とも居ないから。章子さんに頼んどくけど…。」

「え?詩月も?」

葉月は姉の美月の所へ行くということは知っていたが詩月も不在なのは今初めて知った。

「健人と健人の家族と北海道に行くんだ。」

「北海道?」

「そう。健人のパパの実家に挨拶がてら遊びに行く。」

楽しみ、と言ってスマホを取り出した。隣に座る葉月に画像を見せている。

「健人のおうちの人は?何も言われなかったの?」

「健人は健人のパパに殴られた。」

「えぇっ!!!」

佑月は健人の父親を思い浮かべて身をすくめた。
北原医院の医院長の健人の父親。大きな健人をさらに大きくした熊のような人だ。見た目は怖そうだが少し垂れた目は彼の柔和な性格を良く表している。優しく熱心な診療で子どもからお年寄りまで大人気だ。
学生の頃、空手の大会で優勝した事があると自慢していた。

「僕も見たんだけどここが真っ赤に腫れちゃってさぁ。」

左の頬に手を当てた葉月がその時のことを思い出して面白そうに笑う。

「え?大丈夫なの?」

あんな人に殴られたらひとたまりもない。健人も相当叱られたようだ。大丈夫だろうか?勘当とか…。

「大丈夫。パフォーマンスだよ。親としてちゃんと叱りましたよーって。」

泣きそうな佑月を宥めるように詩月が言った。

「健人のパパは反対なんかしてないよ。でもまぁうちの母さんの手前?親として殴ったみたいな。健人のパパが本気で殴ったらあんな程度じゃ済まないでしょ。実際、週末から北海道だし。一番張り切ってるのは健人のパパだよ。」

「そうなんだ。」

「健人は僕と二人っきりでホテルに泊まりたいって言って、パパは実家にみんなで泊まるって散々揉めてたよ。」

そう言って笑う詩月は幸せそうだ。番いになったと聞いた時は驚いて心臓が止まるかと思ったけど詩月の顔を見たら安心した。

「佑月、人の心配より自分の心配しなよ。」

「え?あ、そうだ…。」

「あの涼様とお見合いだよ?」

「涼様…。」

天沢涼、知らない人は居ない。
佑月と同じ歳で同じ大学。学部は違うがたまに姿を見かける。取り巻きに囲まれてアルファ然とした男だ。噂ではだいぶ我儘な性格だと聞いている。母に連れらたパーティーでも何度か見かけたこともあった。
天沢コンツェルンの長男、将来を約束された男でさらに上位アルファ。彼の番いや妻になりたいと願うものは大勢いる。

「涼様、良い男だよね。僕のタイプじゃないけど。」

『僕も。』と詩月も同意する。

涼の父親である天沢社長が善夜のオメガを嫁に欲しいと佑月の母に頼んできたのだ。
天沢家は代々続くアルファの家系で天沢社長もその妻もアルファだ。しかし近年、アルファが産まれづらくなっている。現に涼の代は涼以外兄弟、従兄弟が皆ベータだった。アルファの血を絶やしたくない天沢社長が善夜のオメガを涼の番いにすることを決めたと聞いた。
天沢家のライバル、日波産業の息子たちは涼と同世代で皆アルファだ。従兄弟たちにもアルファが何人かいる。アルファを産んだ者たちは番いが善夜と血縁にある者だった。直系ではなくとも善夜の血筋のオメガは揃ってアルファを産んでいるのだ。

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