善夜家のオメガ

みこと

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またあの匂いだ…。
涼が黙々と油淋鶏を食べているとまたあの匂いがした。
顔を上げると消えてしまう。目の前のオメガは涼が顔を上げるとビクッとして顔を伏せてしまう。
涼も慌てて食卓に視線を戻した。
その後も二人は一言も話すことなく食事を終えた。
佑月は後片付けを済ませて自室に行ってしまったため、涼は一人でリビングのソファーに横になっていた。何故かそわそわして落ち着かない。あの匂いを感じると何とも言えない気持ちになる。あの匂いの残像とともに楽しそうに料理をする佑月の姿が浮かんだ。
『ポコン』
スマホがメッセージの通知を知らせる音にはっと我に帰る。
友人からオンラインゲームのお誘いだ。いつもなら喜んで参加するが今日はそんな気になれない。断りのメッセージを返して目を閉じた。





「飯、いらないから。」

「え?あ、そうですか。」

朝、すれ違った佑月に涼はぶっきらぼうに伝えた。
きっと欲求不満なのだ。幸いにも今日から登校できる。またいつものように友人たちと過ごせば良い。その中には身体の関係がある女のアルファも何人か居る。
今日はそのうちの一人と過ごす予定だ。
涼はそのまま家を出て、行きつけのコーヒーショップでコーヒーを飲んだ。朝食はここで済ますことが多い。
しばらく一人でコーヒーを飲んでいると同じ大学でアルファで友人の麗華が声をかけてきた。

「涼!久しぶり。アルファ熱、大変だったわね。」

「ああ、まぁな。」

「もう平気なの?うちは兄が罹っちゃって。私たちにうつさないように隔離されてたわ。」

「ふうん。」

麗華がしなだれかかって来る。今日は麗華でも良いかもしれない。とにかく家に帰りたくなかった。




授業が終わって二人で食事に行く。麗華が選んだ流行りのフレンチだ。なかなか予約が取れない店だが、麗華がコネでも使ったのだろう。それか涼の名前でも出したのかもしれない。

「美味しい!ねぇ、涼?」

「え?ああ。」

「ここにして良かったぁ。無理やり入れてもらったのよ。」

ふふん、と麗華が誇らしげに笑う。やはりコネを使ったようだ。
美しく盛り付けられた料理は確かに美味いかもしれない。でも涼が今食べたい物はこれではない。
はしゃぐ麗華を横目に、出される料理を無言で流し込んだ。
ホテルも麗華が選んだ場所だ。会話も億劫で早々にシャワーを浴びて身体を重ねる。
隣で麗華が寝息を立てたのを聞いて涼は目を開けた。
目が慣れて薄暗い部屋の輪郭がはっきりして来る。隣に視線を移すと麗華の美しい背中と流れる髪が見えた。
やる事はやったのでスッキリしたはずなのに頭がもやもやしている。それなのに寝ようと目を閉じると目が冴えて眠れない。結局涼は一睡もせず朝を迎えた。

翌日、ぼんやりとした頭とだるい身体を抱えて大学に着いた。麗華と並んでキャンバスを歩いていると佑月を見かけた。
何故が身体が反応して近くの建物に隠れる。

「何?涼、どうしたの?」

「え?いや、別に。」

佑月が行き過ぎるのを待って涼の学部がある建物に向かった。
寝不足なのか授業にも身が入らない。今日の夜も麗華に誘われた。それ以外にも何人かに誘われたが疲れているからと断った。


「涼、ちょっといいか?」

昼休みに友人の浩昭に声をかけられた。幼なじみでゲーム仲間の一人だ。

「今日は…」

「急ぎなんだ。」

断ろうとするが遮られた。何かあったのだろう。
授業を終えて浩昭と落ち合うとノートパソコンの画面を見せられる。

「やっぱり…。」

「完璧だと思ったのに。」

浩昭と数人で開発したオンラインゲームだ。まだ公開はしていない。試験段階だった。

「話が壮大すぎるんだよ。」

「じゃないとつまらないだろ。既存のを真似たってダメだ。」

「そうだけど…。」

「まあ仕方ないよ。晴也と稔も呼んでもう一度見直そう。」

落ち込む浩昭の肩を叩いた。皆で集まる算段をつけて今日は解散した。





すっかり日が暮れてからマンションに戻ると身体の力がふぅっと抜けた。
リビングの電気が付いている。ソファーに座ったまま佑月が眠っていた。前髪が顔にかかりメガネがずり落ちている。その前髪を除けようと手を伸ばしかけて慌てて引っ込めた。

「俺は何をしているんだ…。」

涼は佑月から少し離れてそっとソファーに座った。
何だか異常に疲れた。意識がふっと途切れるように涼も眠ってしまった。




『どうしよう…』
佑月はこの状況をどうして良いか分からず狼狽えている。夕飯を食べてソファーで眠ってしまったようだ。しかし目を覚ますと涼が佑月の膝に頭を乗せて眠っていた。いわゆる膝枕というやつだ。
動こうにも動けない。目を覚ましてから十五分ほど狼狽えている。
しかも少し肌寒い。眠っている涼は病み上がりだ。
掛け物をかけないと…。
佑月は小さな身体を伸ばしてソファーの端に畳んであるブランケットに手を伸ばした。

「あっ!」

バランスを崩して声が手でしまう。慌てて口を手で押さえるがやはり涼が起きてしまった。ゆっくり目を開けて涼は辺りを見渡す。

「ん…。あ、え?え?あ、うわぁ!な、な、えぇ⁉︎」

涼は驚いて佑月の膝から飛び起きた。

「お、おはようございます。」

「え?あ、あの、わ、悪い…。」

「いいえ…。」

二人とも俯いて黙ってしまう。
気まずい時間が流れた。

「あ、あの涼様、お腹空いてませんか?」

堪らず佑月が口火を切る。

「あ、そうだな。空いてる、かも。」

涼のその言葉を聞いた佑月は直ぐにキッチンに駆け出して何かを作り始める。部屋の中に甘塩っぱい良い匂いが漂ってきた。

「あー、美味い。」

親子丼と味噌汁、お浸し、たまごサラダと相変わらず素朴な料理だ。だが昨日のフレンチよりも断然美味しい。
やはりあの匂いがふわりと鼻を掠めた。涼は確かめたい衝動を抑えて、顔を上げず食べ続けた。するといつもは一瞬で消えた匂いはふわふわと漂っている。
涼は切なくなるような気持ちで食べ続けた。



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