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かけがえのない
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シルヴィアが温泉から部屋に戻るとすぐに、朝餉の支度が整えられた。
休暇中のマリーがここに居るのは、昨日のことで心配をかけたせいに違いない。
「ごきげんよう」と挨拶を交わした後、すぐにシルヴィアは詫びた。
「マリー、心配をかけて、ごめんなさい」
「シルヴィア様、兄を救って頂き、ありがとう存じます。御館様と共に、傷一つなく帰ってまいりましたわ。兄は、魔力を枯渇させ、今も眠っております。シルヴィア様とルフ様がもしも間に合わなければ……、恐ろしい事態になっていたのでしょう。父も母も安堵して、先程帰宅致しました。ただ、シルヴィア様の御身にご負担をお掛けした事が悔やまれますわ」
マリーはシルヴィアに何も聞かない。シルヴィアが生まれたときから、専属子守兼護衛だったマリーは、当然のようにマリー自身の命よりもシルヴィアが大切だと答えるだろう。まさに命がけの守護だ。シルヴィアはマリーに全幅の信頼を寄せている。
◇
ルフには【慧眼】の能力がある。
◇◇
【慧眼】は未来を視る予知能力。
月齢十二日から、十四日の頃に発揮される能力。
使い方には細心の注意が必要。
些細な事が、未来を大きく変えるバタフライ効果を引き起こす。
確定された未来はないが、大筋への補正が発生する。
◇◇
シルヴィアの守護者であるマリーの兄エドワードを、シルヴィアと共に見送った後、魔獣の出現と被害の規模が見えた。そして、エドワードが巻き込まれ、命を落とす光景が見えた。悲嘆に暮れるマリーと、心痛で衰弱するシルヴィアの痛々しい姿はルフの神経を抉った。
「全ては必然」と考えるルフにとって、未来を変えようとすることは度し難い愚かな行為でしかない。
だが、シルヴィアの心痛を排除することは、ルフにとっての必然だ。どの様な影響があるのかまで【慧眼】できれば苦労はない。
例え、どのような影響が出ようとも、シルヴィアの安寧を守るためならば、いくらでも愚か者になろう。
しかし、ルフの行動は、シルヴィアを再び死の淵に臨ませるという最悪の結果を招いてしまった。
神力を人の身体に注ぎ込むことの影響は未知だが、シルヴィアの死を回避するには、これしかないと、ルフには確信があった。
そして、その行動の代償は、シルヴィアが神力を得るという、ルフにとっても、シルヴィアにとっても最良の成果をもたらしたのだ。
◇
ここは、私からきちんと報告するべきですわね。
「エドワード様がご無事でなりよりですわ。マリー、私夢中でしたの。取り返しがつかなくなる前に、皆様をお救いしたい一心で、すべての魔力を一気に使い果たしてしまいましたわ。ルフの御陰で、私は目覚めることができました。…マリー、私…、神力を賜わりましたの。どの様な力なのか、まだ、把握しておりませんが、もう心配いりませんわ」
シルヴィアの話を最後まで聞き終わると、マリーは、気を静めるように「ふぅ」と息を吐き、穏やかに話し始めた。
「シルヴィア様の魔力で、兄と領民は救われましたのね。上流階級に生まれたものとしては、賞賛に値する慈愛の心に満ちた献身的で高潔な振る舞いと存じます。しかしながら申し上げます。シルヴィア様は昨年末に御年四つになられた侯爵令嬢でございます。この様な危険な事、金輪際なさらないで下さい。シルヴィア様、これは、私の心からのお願いでございます。人の死は避けられぬもの。すべての命を救うことは、理を曲げることに他なりません。シルヴィア様が幼い御身を投じて行うべきことではございません。ルフ様の加護があると分かっていても、親として子を心配する気持ちは止められないのです。神の御前で命の価値は平等と申しますが、親にとって、我が子の命は自分の命と引き換えにしても守りたい尊いものなのです。兄を救って頂きながら、勝手を申します。シルヴィア様の無事こそが、私の願いでございます。後生でございます。どうか御身を大切になさって下さい」
シルヴィアの目から涙が溢れ出した。マリーの言葉を聞きながら、父と母の顔が浮かび、今すぐに会いたくなった。
シルヴィアはマリーに抱きつき、「マリー、ごめんなさい。もう二度と危険なことはしないわ」と誓った。
「シルヴィア様は、私を思い、兄を救って下さったのでしょう。ルフ様は、シルヴィア様の心痛を思い、シルヴィア様の願いを聞き入れられたのでしょう。シルヴィア様、ルフ様、誠にありがとう存じます」
マリーは、シルヴィアとルフが出逢えた事を改めてありがたく思った。
「私、お父様とお母様とお兄様にも謝罪して参りますわ。マリーは、休暇に戻って下さいまし」
「私はシルヴィア様と過ごしたいのです。お茶の時間はフローラ様の部屋でお過ごしになりますか?」
「マリー、……。ノアと何かありましたの?お母様とハンナに相談すれば、きっと良いお知恵を授けて頂けますわ」
嗚呼。恐ろしいほどに、機微に聡い主ですわ。
シルヴィアの洞察力をうっかり失念していたマリーは観念した。
「それでは、私はフローラ様とハンナ様に相談して参ります」
「行ってらっしゃい。きっと、上手くいくわ」
シルヴィアの笑顔さえあれば、すべての不安が消え失せてしまうのは、ルフだけではないようだ。
◇◇◇
休暇中のマリーがここに居るのは、昨日のことで心配をかけたせいに違いない。
「ごきげんよう」と挨拶を交わした後、すぐにシルヴィアは詫びた。
「マリー、心配をかけて、ごめんなさい」
「シルヴィア様、兄を救って頂き、ありがとう存じます。御館様と共に、傷一つなく帰ってまいりましたわ。兄は、魔力を枯渇させ、今も眠っております。シルヴィア様とルフ様がもしも間に合わなければ……、恐ろしい事態になっていたのでしょう。父も母も安堵して、先程帰宅致しました。ただ、シルヴィア様の御身にご負担をお掛けした事が悔やまれますわ」
マリーはシルヴィアに何も聞かない。シルヴィアが生まれたときから、専属子守兼護衛だったマリーは、当然のようにマリー自身の命よりもシルヴィアが大切だと答えるだろう。まさに命がけの守護だ。シルヴィアはマリーに全幅の信頼を寄せている。
◇
ルフには【慧眼】の能力がある。
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【慧眼】は未来を視る予知能力。
月齢十二日から、十四日の頃に発揮される能力。
使い方には細心の注意が必要。
些細な事が、未来を大きく変えるバタフライ効果を引き起こす。
確定された未来はないが、大筋への補正が発生する。
◇◇
シルヴィアの守護者であるマリーの兄エドワードを、シルヴィアと共に見送った後、魔獣の出現と被害の規模が見えた。そして、エドワードが巻き込まれ、命を落とす光景が見えた。悲嘆に暮れるマリーと、心痛で衰弱するシルヴィアの痛々しい姿はルフの神経を抉った。
「全ては必然」と考えるルフにとって、未来を変えようとすることは度し難い愚かな行為でしかない。
だが、シルヴィアの心痛を排除することは、ルフにとっての必然だ。どの様な影響があるのかまで【慧眼】できれば苦労はない。
例え、どのような影響が出ようとも、シルヴィアの安寧を守るためならば、いくらでも愚か者になろう。
しかし、ルフの行動は、シルヴィアを再び死の淵に臨ませるという最悪の結果を招いてしまった。
神力を人の身体に注ぎ込むことの影響は未知だが、シルヴィアの死を回避するには、これしかないと、ルフには確信があった。
そして、その行動の代償は、シルヴィアが神力を得るという、ルフにとっても、シルヴィアにとっても最良の成果をもたらしたのだ。
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ここは、私からきちんと報告するべきですわね。
「エドワード様がご無事でなりよりですわ。マリー、私夢中でしたの。取り返しがつかなくなる前に、皆様をお救いしたい一心で、すべての魔力を一気に使い果たしてしまいましたわ。ルフの御陰で、私は目覚めることができました。…マリー、私…、神力を賜わりましたの。どの様な力なのか、まだ、把握しておりませんが、もう心配いりませんわ」
シルヴィアの話を最後まで聞き終わると、マリーは、気を静めるように「ふぅ」と息を吐き、穏やかに話し始めた。
「シルヴィア様の魔力で、兄と領民は救われましたのね。上流階級に生まれたものとしては、賞賛に値する慈愛の心に満ちた献身的で高潔な振る舞いと存じます。しかしながら申し上げます。シルヴィア様は昨年末に御年四つになられた侯爵令嬢でございます。この様な危険な事、金輪際なさらないで下さい。シルヴィア様、これは、私の心からのお願いでございます。人の死は避けられぬもの。すべての命を救うことは、理を曲げることに他なりません。シルヴィア様が幼い御身を投じて行うべきことではございません。ルフ様の加護があると分かっていても、親として子を心配する気持ちは止められないのです。神の御前で命の価値は平等と申しますが、親にとって、我が子の命は自分の命と引き換えにしても守りたい尊いものなのです。兄を救って頂きながら、勝手を申します。シルヴィア様の無事こそが、私の願いでございます。後生でございます。どうか御身を大切になさって下さい」
シルヴィアの目から涙が溢れ出した。マリーの言葉を聞きながら、父と母の顔が浮かび、今すぐに会いたくなった。
シルヴィアはマリーに抱きつき、「マリー、ごめんなさい。もう二度と危険なことはしないわ」と誓った。
「シルヴィア様は、私を思い、兄を救って下さったのでしょう。ルフ様は、シルヴィア様の心痛を思い、シルヴィア様の願いを聞き入れられたのでしょう。シルヴィア様、ルフ様、誠にありがとう存じます」
マリーは、シルヴィアとルフが出逢えた事を改めてありがたく思った。
「私、お父様とお母様とお兄様にも謝罪して参りますわ。マリーは、休暇に戻って下さいまし」
「私はシルヴィア様と過ごしたいのです。お茶の時間はフローラ様の部屋でお過ごしになりますか?」
「マリー、……。ノアと何かありましたの?お母様とハンナに相談すれば、きっと良いお知恵を授けて頂けますわ」
嗚呼。恐ろしいほどに、機微に聡い主ですわ。
シルヴィアの洞察力をうっかり失念していたマリーは観念した。
「それでは、私はフローラ様とハンナ様に相談して参ります」
「行ってらっしゃい。きっと、上手くいくわ」
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