スパダリ社長の狼くん

soirée

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第一章

九話

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(気まずい……)
先ほど自分からキスをせがんでおいて肝心の本番は拒否してしまった自己嫌悪から、同じテーブルについているのに全く視線を合わせられない。
せっかくの料理をつつき回すだけで全く進まないその様子に、忍が呆れて頬杖をついた。
(そんなに気にすることじゃないんだけどな。よくあるし、こういう寸止め)
その見た目でこちらの都合などお構いなしに男女問わず恋愛感情を持たれるのは忍とて同じだ。こういったこともそれなりに起こることなのはわかっている。
だが、とにかく瞬にとってはなかったことにしたいところだろう。


「昼からどこか行こうか。服は買ったけど、君の部屋のインテリアはろくに整ってない。好きな家具でも見に行く?」

忍の仕事からすれば難しかった二連休だ。何もせずに家にいるのも──と思って提案したのだが、瞬の耳は垂れたままだ。

叱られたいのだろうかと軽く疑う。昔何かの折に偶然読んだ心理学の一節が過ぎる。
何かやらかしてしまった時に従属性の強い相手はひどい不安を覚えるという。叱られることでその不安を払拭しているとのことだった。
「瞬? 叱られたいの?」
びくっと肩が震えた。そろそろと視線が上目遣いに忍の視線に絡む。
怯えの中にわずかに滲む期待に気づいた忍が思案する。
(どこまで厳しくしていいものか──契約してるわけじゃないからお仕置きもな……体罰は加えたくないし。お説教かな)
「君はね、瞬。君が思っている以上に相手に対して加虐心を煽るところがあるんだよ。だからって今までの相手のように君の気持ちを全く無視して暴行するようなことは許されていいはずがない。だから君が怯えを見せてくれたことについては僕には分かりやすくて助かったよ。でもね、やっぱり僕も君を可愛いと思ってることに違いはないからね。あんな風に軽い気持ちでキスなんかしちゃダメだ。僕だって自制心には限りがあるからね」
諭すような穏やかな口調のその言葉に弾かれたように瞬が顔を上げた。
その目には先ほどとは違う切羽詰まった色が見える。

 口を開いて何か言いかけた彼はそのまま俯いて席を立つ。
「瞬!」
呼び止める声を振り切って瞬が玄関に向かう。
靴を買っていなかったことに今更気付いたが、そんなことにお構いなしで彼は出て行ってしまう。
追いかけた忍の目の前でエレベーターのドアが閉まる。刹那に絡んだ視線、瞬は泣いていた。
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