スパダリ社長の狼くん

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第二章

二話

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安曇の自宅は、クリニックから車で5分ほどの距離にあった。小洒落た外構の一軒家、庭には可愛らしい花が丁寧に育てられ、そして。

(……ブランコ)

ちくりと胸が痛んだ。そんな気はしていた。ちらりと二人を振り返る。安曇は決して春香に荷物を持たせようとしない。細身の春香なので、はっきりとはわからなかったが……。

玄関に通されるとその予感は確信に変わった。ベビーカーが畳まれて置かれている。廊下には購入したばかりと思われる、新生児を迎えるための品々が所狭しと並んでいた。
「妊娠、してんのか」
安曇にこっそりと尋ねる。女性に直接聞くのは流石に憚られた。安曇が首肯する。
「今7ヶ月。そろそろ周りに言ってもいいんじゃないかと思うんだけど、春ちゃんまだそれはっていうから伏せててね」
「? なんでだ」
不思議そうに首を傾げる瞬に春香が食材をしまいながら説明する。
「授かったからって無事に生まれてくるとは限らないのよ。実際に臨月になったとしたって何が起こるかわからないのが妊娠なの。妊娠してみないとあたしも分かんなかったけど、気が抜けないし周りにも何かあったら気を遣わせるでしょ」

 物珍しさでベビー用品を色々と眺めていると、安曇が不意に尋ねた。
「羨ましいとか思ってる?」
「……いや。そこまで、馬鹿じゃねえよ……」
 切ない色を瞳に浮かべ、しかしすぐに切り替えるように瞬はあれこれと安曇にも春香にも物おじせずに質問を始める。そんな姿こそが普段とは違いすぎて、無理をしているのだと悟られてしまうことが、彼にはわかっていないのだ。
(……あとで東條さんから通話来そうだなぁ)
そんなことをぼんやりと考えながら、瞬の質問にあれこれ答えているうちに冬空は夜の帷を下す。時計を見ると、既に一時間も経っていた。

「シュン、もう帰ったほうがいい。送るよ。東條さんのマンションに着く頃には6時になるよ」
はっとして瞬が時計を振り仰ぐ。頭の片隅に、忍と共に決めた門限が過ぎる。
「……っ、ヤバい……ちゃんと五時半には帰る約束なのに」
ガタッと立ち上がった瞬は足元に置いていたレジ袋を掴み上げて助けを求めるように安曇を振り返る。
「うん、分かってる。送ってくから心配しないで、東條さんにもオレからうちに誘ったって話すから」
だが瞬は咄嗟にそれを拒否した。自分の中の感情を、まだ忍に知られたくなかった。家族になりたいと言う瞬の勝手な想いは忍にとっては重すぎるかもしれないからだ。それに瞬はこの先もここで春香と話をしてみたかった。子供を──愛する人との間にできる宝物のような存在を得ることができる春香の話をもっと聞いてみたかったのだ。忍のことだ、瞬の様子が少しでも物憂げになればそれを禁じてしまうに違いない。
「いい! それは……それは、いい。俺が話す。送ってもらうのに本当に悪いけど、エントランスまででいいから……」
安曇がさりげなくその瞳を観察しながら、曖昧に頷く。どうせ連絡は来るだろう。あとでバレるよりは先に話した方がいいのだろうが……。
「……そう? わかったよ。んじゃとりあえず車乗って。春ちゃん、ちょっと行ってくる」
「うん、いってらっしゃーい。瞬ちゃん、また遊びにおいでよ、ね」
 春香の笑みに眩しいものを感じながら、頷く。こうして迎えてくれる温かい人たちの中に居られることが奇跡に思えた。
「ああ、サンキューな。お邪魔しました」
玄関を後にしながら、瞬はまた羨望を隠しきれない瞳で廊下を一瞥したのだった。





 エントランスで安曇と別れ、急いで忍の部屋の鍵をポケットの中から取り出す。こっそりと音を立てないように回し、ドアを開ける。
玄関に既に行儀よく揃えて置かれた忍の靴に、どう言い訳をしたらいいのかわからないまま忍足でリビングに入る。
「瞬? おかえり」
投げられた声に飛び上がる。反射的に言い訳が口を突く。
「あっ……その、スーパー混んでて……っ、その……信号、が……だからその……」
泳ぐ視線に忍がソファから腰を上げた。歩み寄って尋ねる。
「怒ってないから大丈夫だよ。そんなに怯えないで。僕はそんなことで君を叱ったりしないから、ね? でもどこに行ってたかだけ教えて欲しいかな。スーパーじゃないよね?」
「本当にスーパーだって……ほら、荷物だってあるしっ……食、材……冷蔵庫に入れなきゃいけないから……」
 困ったようにため息をつく忍に、今までの飼い主たちからの反応が被る。混乱を始める意識のまま、咄嗟に謝罪を口にする。
「ごめん、なさい……で、でもその……スパンキングは……いやだ……」
 忍が目を瞬く。どうやら彼なりに罰を受けなければいけない案件だと考えているようだ。既に反省し切った顔をしている瞬を叱るつもりは忍にはなかったのだが……こんな反応をされるとつい、虐めたくなってしまう。どこへ行っていたのか聞き出すのも兼ねて、少しお仕置きしてもいいかな……といけない考えが脳裏をよぎる。
ふっと口元を緩めた忍の顔を瞬が上目遣いに窺うのを見返して、自室を指差した。
「悪いことをしたんだと思ってるの? だったらお仕置きが必要だね。スパンキングは嫌ならそこで待っておいで。逃げちゃダメだよ」
 
 泣きそうな顔でとぼとぼと忍の部屋に向かう健気な青年を横目に、洗面所の戸棚を開ける。お仕置きとは何も、痛い思いをさせるものばかりではないのだということをわからせてやるのもたまにはいいだろう。

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