スパダリ社長の狼くん

soirée

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第四章

十九話

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 病院のレストランなど期待はしないと思っていたのに、長谷部の個人経営だからかそれなりのレベルのものが出てきたことに思わぬご褒美だと舌鼓を打つ。一人家にいても、瞬の見様見真似で作ったところで自炊では大して美味しいとも感じられずに、少々食欲を失っていたところだった。
 肺を蝕む病は今の所はそれほどの痛みは与えない。一度咳き込むとなかなか止まらなくなってはいるものの、それほど困ってはいなかった。ともなるとやはり、早く瞬と部屋でのんびりと過ごしたいなと欲も出てくる。あと三日。三日の辛抱だ。
 目の前のクラブサンドを綺麗に平らげて、トレイを戻す。立ちあがろうとした忍のスマートフォンが震えた。
「……?」
 疑問符を浮かべながら引っ張り出す。表示されているのは槙野の名だ。
 レストランから足早に離れて、人気のない一角で通話を繋ぐ。
「槙野。どうした?」
「社長、今すぐ黒宮さんに確認を取って警察に連絡してください。証拠の保存を。彼が電話して、出鱈目だから証拠を破棄しろと話したそうです……社長の名も出して」
「……なんだって?」
「私も事実確認ができません。提出した私のところへ確認の連絡が来ましたので、まだ捨てないで欲しいと言って保留しています。すぐに確認してください。我々が何度保留しても、その度に黒宮さんが電話をしていたら本当に悪質なイタズラと思われてしまいます」
 忍がため息をつく。瞬に限って出来心でそんなことはしない。考えられるのは、もはや一つしかなかった。
「先輩……相変わらず汚い手を使う」
 独りごちた忍に槙野が沈黙する。忍がすぐに頭を切り替えた。ぐずぐずしてはいられない、この局面はスピード勝負でありながら一手たりとも打ち間違えられない。
「槙野、面倒をかけてすまない。瞬は僕に任せて欲しい、君はセキュリティ事業部の山岸と連絡を取って、瞬と秋平の過去の同棲の記録を。当時瞬は未成年だ。親の同意もないまま秋平が連れ込んでいたのは立派な未成年掠取に当たる。それを警察に提出して、瞬が秋平の過去のDVのトラウマで半ば言いなりになっていることを説明して欲しい。頼んだよ。僕は瞬のケアに専念するから」
「わかりました、では後ほど」
 通話が切れる。急足で305号室に向かう忍のスマートフォンが再度何かの通知を知らせてくるのを一瞥して、険しく口を結んだ。秋平からのメールだ。足は止めないまま、メールを開封する。添付されていた熱心に秋平のものに奉仕をする瞬の動画に怒りで目の前が暗くなった。

 たどり着いた305号室の前で、深呼吸をする。冷静に、と自分自身に言い聞かせながら、静かにドアを開けた。
 ベッドの上で体を丸めるように布団をかぶっている瞬の視線は、忍には向かないまま……首に嵌められた忍の贈ったものではない首輪のようなチョーカーを指先で弄んでいる。感情の読めない虚な瞳を観察しながら、忍が憐憫を滲ませた。
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