戻るなんて選択肢はないので、絶対魔法使いの弟子になってみせます。

井藤 美樹

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第二章 人生最大の岐路に直面しました

閑話 不穏な影

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 真夜中ーー。

 物音一つしない静寂の中、皆が寝静まった時間帯なのに、あかりが幽かにともっている部屋があった。

 灯りを極力落とした和室で、屈強な男が優男の前で正座し鎮座している。二人の背中には黒い翼が生えていた。

「……間違いないのだな?」

 上座に胡座をかいて座っている優男が、屈強な男に向かって確認する。答えは分かっていた。分かっていながらも尋ねる。

「間違いありません。星読みの告示があったそうです。それに、翔琉かける様も見たでしょう。あの夜空を」

「ああ……」

 虹色に輝いた夜空を翔琉は思い出す。

「これは絶好の機会なのです!! 翔琉様!!」

 翔琉は男が発する言葉の意味を正確に把握していた。だから、敢えて訊き返したりはしない。

 やっとだ。

 やっと……膠着していた現状を打破する一歩を、ようやく踏み出せる。問題はその一歩をどう踏み出すかだ。

「どうしたらいい?」

 翔琉は最も信頼する臣下に尋ねる。

「私に考えがあります」

 男はそう告げると翔琉の隣に移動する。

 そして「失礼します」と一言翔琉に声を掛けると、余程聞かれたくない話なのか、そっと耳打ちする。

「なっ!? 何だと!?」

 思わず、声が大きくなる。男が告げた内容は、翔琉を心底驚かせた。

「お静かに」

 男は翔琉にそう注意すると、立ち上がり障子を開け周囲を見渡した。誰一人いないのを確認すると、今一度座り直す。

「大丈夫です」

「…………し、しかし……」 

 その内容は、あまりにも突飛で乱暴なものだった。

 一歩間違えれば大惨事になる。

 いや、大惨事ではすまない。我々種族そのものの信用が失墜するどころか、一族そのものが王に消される可能性が大いにあった。

 翔琉は当然二の足を踏む。

 しかし、男は尚も言い募った。

「ここまでしないと、完膚無きまでに叩きのめすことは出来ません」

「………」

 確かに男の言う通りだ。

 ここまでしないと、この悪い流れを止めることは出来ない。だが、民を巻き添えにしていいのだろか。

 翔琉は黙り込むと、しばし考え込む。

 翔琉は自分が置かれている立場を十分理解していた。
 
 今のままだと、自分がいつか排除されることをーー。

 自分が排除されるだけなら、まだ受け入れよう。だが、半端者をこのまま野放しにしていることで、自分たちの地位が、我々の誇りが、ズタズタに傷付けられることを翔琉は何よりも危惧していた。

 間違っても自分の保身のためではない。一族のために決断するのだ。

 そして今が、その決断の時だった。

「…………分かった」

 翔琉は低く重い声で一言そう答えた。腹をくくる。

「御意」

 男は短く返事をすると部屋を出て行く。

 翔琉はそれを見送ると、自分に言い聞かせた。

(正しいことをするのだ。自分は何一つ間違ってはいない)

 翔琉は何度も、何度も繰り返した。まるで、自分自身に暗示を掛けるかのように。

 繰り返したところで、もう後戻りは出来ないのだが。







「やはり動くのか……」

 男は配下の者からの報告を聞くと呟く。悲しみも辛さも感じない、感情が全くこもらない声だった。

 虹色に輝く夜空を見た瞬間から、男は嫌な予感がしていた。出来れば当たってほしくはなかった。報告を聞いた今でも、嘘であって欲しいと願う。

 しかし、その願いは翔琉には決して届かない。今までのことから、十分過ぎる程分かっていたことだった。

(分かってはいたが……)

 それでも願わずにはいられなかった。やり切れない想いが男を苦しめた。

 出来ることなら、争わずに済ませたい。叶わぬ願いだったとしても。

 だが男は、その苦しみを表には出さず胸の内に治める。治めなければならない。

 それが、上に立つ者の役目でもあった。

 感情で動くことは決して出来ないのだ。

 感情で動きたい場面はいくらでもある。

 しかし、一度でも感情で動けば、多くのものを犠牲にしかねない。自分以外の者に類が及ぶ。

 彼が最も恐れたのは、弱き者に類が及ぶことだった。それだけは絶対に避けなければならない。それが、族長としての男の大事な役目でもあった。

 男が取る道は自ずと決まっていた。

 男は静かに腹を決める。目を瞑り開けると、配下の者に命じた。

「……今すぐ、しおりをここに呼べ」と。

「御意」

 そう短く答えると、配下の者は音もなくその場から姿を消した。


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