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第四章 銀色の少女

第三話 黒翼船と天狗の少女

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 翌朝。

 いつもより早く目を覚ました……と思う。

 時計がないから正確な時間は分かんないけど、空気がピンと張り詰めていて寒い。早朝特有の底冷えに少し身震いする。

「おはようございます」

 起きた私に気付いた狛犬バージョンのサス君が枕元にやって来た。

「おはよう」

 何事もなかったかのようにサス君に朝の挨拶をしたけど、私の置かれた状況はたった一日で一変した。

 見知らぬ部屋。

 この部屋に連れて来た者たちに誘拐された。

 そして、知らないうちに着替えさせられている。

 着替えさせたのは、おそらく誘拐犯の一人だ。

 これからどうしたらいいのか分からずに、朝から難しい顔をしていると、可愛らしい少女の声が聞こえてきた。

「睦月様、サスケ様。おはようございます。失礼しても宜しいでしょうか?」

(声の感じからして、敵意はなさそう。だけど……)

 相手は誘拐犯の仲間。許可していいのか判断がつかない。サス君に視線を移す。すると、サス君が小さくコクと頷いた。私も頷き返す。

「……どうぞ」

 私が固い声で答えると、「失礼します」と言いながら襖を開けて、一人の少女が正座したまま入って来た。

 少女は襖を両手で閉める。そして、正座をしたまま指を付いて、私とサス君に向かって額が畳に付くくらいまで頭を下げた。

(どういうこと? これって、誘拐した人の態度じゃないよね)

 まるで、お客様を迎えるような態度に困惑を隠せない。敵意はなさそうだけど、だからといって警戒心を解くわけにはいかない。例え、目の前にいるのが少女でも。

 驚いたことに、私より二、三歳年下に見える少女の背中には灰色の翼が生えていた。

「サス君! 背中に翼が生えてる!?」

 初めて見るタイプのあやかしに、ちょっとテンションが高くなる。これは警戒心とは別だよ。

「彼女は天狗の一族ですよ」

 サス君が教えてくれた。

(天狗!! あの有名な天狗なの!?)

 マジマジと少女を見詰める。

 当然だよね、あの天狗だよ。あれ……? なんか翼の色が違う。でもこれも、中々カッコいいし綺麗。

 そういえば……私を誘拐したあの男も空中に浮かんでいた。がっしりと腰を抱き込まれていたので、後ろを振り向けられなかったんだよね。だから、翼には気付かなかった。

 ということは、私を誘拐したのは天狗ってことになる。

 でも、何で天狗が私を誘拐したの? ただの人間だよ私。

 そもそも、常世に堕ちて日の浅い私を誘拐して何の得があるの? お金なんてないよ。

 もしかして、狙いは私じゃなくて伊織さんなの。

 犯人が分かっても、最大の疑問が残った。

 答えが出ないってことが、こんなにも不安な気持ちになるなんて。考え出したら、どんどん奈落の闇に堕ちて行ってしまいそうになる。

 そんな私の不安を敏感に感じ取ったサス君が、体を猫のように擦り付けてきた。布越しに伝わるほのかな温かみに、心から救われる。

(大丈夫。落ち着いて考えなきゃ。答えが出ないことを考えるなんて時間の無駄。それよりも、今一番に考えなきゃいけないのは、生き残る方法。まずは、自分がいる場所を把握するところからだよね)

 幸いヒントは目の前にあるんだし。

「はい。族長の娘しおりと申します。の御世話をさせて頂きます。何卒なにとぞ、宜しくお願い致します」

 栞と名乗った少女は再度頭を下げた。

(私に様!? 御世話って。狛犬のサス君なら分かるけど……)
 
 自然とサス君を見下ろす。サス君は栞を凝視していた。私はもう一度、栞に視線を戻す。栞はまだ頭を下げたままだった。

「あの……」

 どうして、頭を下げたままなの?

 戸惑いなから、栞に呼び掛ける。

「はい!!」

 栞は私の声に弾かれたように顔を上げ返事する。

(もしかして、私の言葉待ってた? ん~~ないない。それより、どうやって切り出そう)

 悩んでも思い付かない。

 時間が流れるだけ。時間が経つ程、相手に警戒感を持たれてしまう。それは絶対に駄目。しょうがない。思い切って尋ねてみた。

「ここは何処なんですか?」って。

(警戒されるよね、絶対)

黒翼船こくよくせんの主賓室です」

(教えてくれた!? マジで)

?」

 勿論突っ込みますよ。

「天狗族が所有する帆船ですよ」

 サス君が栞に変わって教えてくれた。

(ということは……今私たちがいるのは、帆船の中ってこと? どこに向かってるの?)

 訊いたら教えてくれるかな。だけど、警戒心持たれるのもめんどいし、もう少し親密になってからでもいいよね。どうせ、ここから外には出れないだし。

 だから、当たり障りのかいことを訊くことにした。

「帆船?」

「はい。でも、海や河などは航行しませんが」

(どういうこと? じゃあ、何処を航行するの?)

 首を傾げる。

 栞はそれには答えず、にっこりと微笑みながら近付いてきた。


 
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