もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

文字の大きさ
5 / 46

薄っすらと浮かぶ月の下で

しおりを挟む

「梨果、従姉さんのこと考えてるの?」

 会話の合間にふと、黙り込んでしまった私に、由季が心配そうに訊いてくる。

「また」とか「まだ」って言わない優しさが、ほんとに心地良い。そういう所が大好き。

「なんでかな……思い出なんてほとんどないのに、遊んだのも一回だけなのに想像しちゃうの。未歩ちゃんも遠くで一人、こんな風に月を見上げていたのかなって。葬式がなければ、思い出すことなんてなかったのにね……」

 あれから、お母さんが未歩ちゃんのことを、少しだけ教えてくれた。

 未歩ちゃんが〈蛍症候群〉を発症させたのは、中三のクリスマス前だった。

 でも、発症しても症状が現れるのは個人差があるから、普通は提携している大学病院に通院して、年に一回専門病院で総検査するらしいんだけど、未歩ちゃんは症状が出る前に専門病院で入院することにしたんだって。

 その気持ち、なんとなく分かる。

 未歩ちゃんの両親は形にこだわる人だ。それはあの葬式でよく分かったよ。

 不治の病を患った未歩ちゃんは、両親が求める形から外れたんだと思う。それが嫌という程、未歩ちゃんを追い込み苦しめたんだろうな、だから、未歩ちゃんは自分を護るために病院に避難した。

 私と遊んだあの日、「未歩ちゃんは入院することを密かに決めていたのよ」と、お母さんは言った。実際、未歩ちゃんが入院したのは、遊んだ二日後だった。

 少なくとも、五年前から、お母さんは未歩ちゃんの病気を知っていたことになるね。

(……どうして未歩ちゃんは、あんなに良い笑顔で笑えたのかな?)

 吹っ切れたから? よく分からない。

 ただ……とても強いと素直に思った。自分なら絶対に無理、色んなプレッシャーで押し潰されてしまう。だからこそ、考えてしまうのかもしれない。

「それでいいんだよ。今は一杯思い出す期間なんだから」

 人が行き交う雑踏の中、私の隣で、由季は薄っすらと空に浮かぶ月を見上げながら言う。

「期間?」

 由季に視線を向ける。綺麗な横顔から目が離せない。

「四十九日は現世にいるっていうからね。梨果が未歩さんのことを思い出して、考えているだけで供養になるよ。今、梨果の傍に立って聞いてるかも」

 最後怖がらせようとして、言った訳じゃない。心から、由季はそう思っている。

「だとしたら、いいな。でも、ここには来ないかも。未歩ちゃんは、大切に想っている人の所にいるよ」

 あの主治医と看護師さんたち、病院のスタッフの所にね。それが、未歩ちゃんにとっても幸せだと思う。

「そうだとしても、梨果の気持ちは届いてるよ」

 私の言い方で、未歩ちゃんと両親の間に何かあるって気付いたのに、由季は触れては来なかった。病名も訊いては来ない。

(由季って、本当に凄いな)

 空気が読めるっていうか、立ち入って来て欲しくない所には、絶対踏み込んでは来ない。

 小さい頃、よく同級生にからかわれたせいかもしれない。忘れてしまいたい体験でさえ、由季は自分の糧にしている。彼の心はとてもしなやかで、強くて、敵わないと思った。

「そうなら、嬉しいな。ありがとう、由季」

 目頭が熱くなる。

 上手く、微笑むこと出来たかな。不細工になってない? まぁ、いいか。由季なら、不細工になった私の顔を見ても、引きはしないよね。好きな相手に、あまり見てほしくはないけど、今日だけは許して。

 必死で涙をこらえていると、頭にフワッとした物が掛けられた。柔軟剤の良い匂いがする。

 顔を上げると、慌てたように由季が弁明してきた。

「そ、それ、使ってないから」

 あまりにも狼狽うろたえてる由季が面白くて、私は少し悪戯心がうずいた。

「ありがとう、由季。でもこういう時は、優しく抱き寄せるものよ」

(言ってみただけだけどね)

 悪戯心の中に混じる、ほんの少しの願望。

 叶うはずがないと思っていた。なのに、気付いた時は、肩に手を回され抱き寄せられていた。

 雑音がスーと消えていく。

 タオルと同じ柔軟剤の香りと制汗剤の匂い。そして、由季の匂い。温かい体温と、激しく鼓動する心臓の音。

 急な展開に付いて行けてない私は、由季にされるがままになっていた。

「これでいい?」

 優しくて、温かくて、他の同級生よりは少し高い声が、私を癒やし包み込んでくれる。

(もう少しだけ、我が儘を言ってもいいかな……)

 私は目をつむり、甘えることにした。

「……うん、いいよ。ありがとう、由季」

 この時、私はとてもとても幸せだったの。幸せ過ぎて、昇天しそうになったよ。

 この夜を、私は絶対忘れないと思う。

 宝物が一つ増えたよ。由季との大切な思い出。この想いが実らなくても、私の宝物は色せたりはしない。

(由季を好きになって、本当によかった……)



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

それは立派な『不正行為』だ!

恋愛
宮廷治癒師を目指すオリビア・ガーディナー。宮廷騎士団を目指す幼馴染ノエル・スコフィールドと試験前に少々ナーバスな気分になっていたところに、男たちに囲まれたエミリー・ハイドがやってくる。多人数をあっという間に治す治癒能力を持っている彼女を男たちは褒めたたえるが、オリビアは複雑な気分で……。 ※小説家になろう、pixiv、カクヨムにも同じものを投稿しています。

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

【完結】アラマーのざまぁ

ジュレヌク
恋愛
幼い頃から愛を誓う人がいた。 周りも、家族も、2人が結ばれるのだと信じていた。 しかし、王命で運命は引き離され、彼女は第二王子の婚約者となる。 アラマーの死を覚悟した抗議に、王は、言った。 『一つだけ、何でも叶えよう』 彼女は、ある事を願った。 彼女は、一矢報いるために、大きな杭を打ち込んだのだ。 そして、月日が経ち、運命が再び動き出す。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

異世界からの手紙

F.conoe
ファンタジー
異世界から手紙が届いた。 それは数日前に行方不明になった姉からの手紙であった。 しんみりと家族で手紙をやりとりする話。 でもラストは。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...