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薄っすらと浮かぶ月の下で
しおりを挟む「梨果、従姉さんのこと考えてるの?」
会話の合間にふと、黙り込んでしまった私に、由季が心配そうに訊いてくる。
「また」とか「まだ」って言わない優しさが、ほんとに心地良い。そういう所が大好き。
「なんでかな……思い出なんて殆どないのに、遊んだのも一回だけなのに想像しちゃうの。未歩ちゃんも遠くで一人、こんな風に月を見上げていたのかなって。葬式がなければ、思い出すことなんてなかったのにね……」
あれから、お母さんが未歩ちゃんのことを、少しだけ教えてくれた。
未歩ちゃんが〈蛍症候群〉を発症させたのは、中三のクリスマス前だった。
でも、発症しても症状が現れるのは個人差があるから、普通は提携している大学病院に通院して、年に一回専門病院で総検査するらしいんだけど、未歩ちゃんは症状が出る前に専門病院で入院することにしたんだって。
その気持ち、なんとなく分かる。
未歩ちゃんの両親は形に拘る人だ。それはあの葬式でよく分かったよ。
不治の病を患った未歩ちゃんは、両親が求める形から外れたんだと思う。それが嫌という程、未歩ちゃんを追い込み苦しめたんだろうな、だから、未歩ちゃんは自分を護るために病院に避難した。
私と遊んだあの日、「未歩ちゃんは入院することを密かに決めていたのよ」と、お母さんは言った。実際、未歩ちゃんが入院したのは、遊んだ二日後だった。
少なくとも、五年前から、お母さんは未歩ちゃんの病気を知っていたことになるね。
(……どうして未歩ちゃんは、あんなに良い笑顔で笑えたのかな?)
吹っ切れたから? よく分からない。
ただ……とても強いと素直に思った。自分なら絶対に無理、色んなプレッシャーで押し潰されてしまう。だからこそ、考えてしまうのかもしれない。
「それでいいんだよ。今は一杯思い出す期間なんだから」
人が行き交う雑踏の中、私の隣で、由季は薄っすらと空に浮かぶ月を見上げながら言う。
「期間?」
由季に視線を向ける。綺麗な横顔から目が離せない。
「四十九日は現世にいるっていうからね。梨果が未歩さんのことを思い出して、考えているだけで供養になるよ。今、梨果の傍に立って聞いてるかも」
最後怖がらせようとして、言った訳じゃない。心から、由季はそう思っている。
「だとしたら、いいな。でも、ここには来ないかも。未歩ちゃんは、大切に想っている人の所にいるよ」
あの主治医と看護師さんたち、病院のスタッフの所にね。それが、未歩ちゃんにとっても幸せだと思う。
「そうだとしても、梨果の気持ちは届いてるよ」
私の言い方で、未歩ちゃんと両親の間に何かあるって気付いたのに、由季は触れては来なかった。病名も訊いては来ない。
(由季って、本当に凄いな)
空気が読めるっていうか、立ち入って来て欲しくない所には、絶対踏み込んでは来ない。
小さい頃、よく同級生にからかわれたせいかもしれない。忘れてしまいたい体験でさえ、由季は自分の糧にしている。彼の心はとても靭やかで、強くて、敵わないと思った。
「そうなら、嬉しいな。ありがとう、由季」
目頭が熱くなる。
上手く、微笑むこと出来たかな。不細工になってない? まぁ、いいか。由季なら、不細工になった私の顔を見ても、引きはしないよね。好きな相手に、あまり見てほしくはないけど、今日だけは許して。
必死で涙を堪えていると、頭にフワッとした物が掛けられた。柔軟剤の良い匂いがする。
顔を上げると、慌てたように由季が弁明してきた。
「そ、それ、使ってないから」
あまりにも狼狽えてる由季が面白くて、私は少し悪戯心が疼いた。
「ありがとう、由季。でもこういう時は、優しく抱き寄せるものよ」
(言ってみただけだけどね)
悪戯心の中に混じる、ほんの少しの願望。
叶うはずがないと思っていた。なのに、気付いた時は、肩に手を回され抱き寄せられていた。
雑音がスーと消えていく。
タオルと同じ柔軟剤の香りと制汗剤の匂い。そして、由季の匂い。温かい体温と、激しく鼓動する心臓の音。
急な展開に付いて行けてない私は、由季にされるがままになっていた。
「これでいい?」
優しくて、温かくて、他の同級生よりは少し高い声が、私を癒やし包み込んでくれる。
(もう少しだけ、我が儘を言ってもいいかな……)
私は目を瞑り、甘えることにした。
「……うん、いいよ。ありがとう、由季」
この時、私はとてもとても幸せだったの。幸せ過ぎて、昇天しそうになったよ。
この夜を、私は絶対忘れないと思う。
宝物が一つ増えたよ。由季との大切な思い出。この想いが実らなくても、私の宝物は色褪せたりはしない。
(由季を好きになって、本当によかった……)
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