もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

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最終確認

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 翌日の診察は午前だったので、少し遅めの朝ご飯を食べてから向かった。

 診察室で両親が待っているかもしれないと思ったら、足がとても重くなる。何度も溜め息を吐いてしまう。

 お父さんとお母さんは、あれから見てない。というか、会ってない。一応、宿泊施設はあるから、そこに泊まってるとは思うけど……正直、会いたくない。

(あんな、猛毒吐き散らしたら、会えないって)

 ましてや、二度目。

 言い過ぎたとは思わない。でも、拒絶から入ったのはいけないって、陽平さんにさとされた。

 確かにそう。

 私は両親に歩み寄ろうとはしなかった。

 一切、そんな考えは浮かばなかった。

 最初から両親を拒絶し、違いを提示して、現状を告げ、淡々と追い込んだ。まだ、感情をぶちまけた方がマシだったかもしれない。それなら、まだ両親の心に届いていたかもしれない。動かしたかもしれない。

 だけど、私が感情を高ぶらせたのは、唇を噛み締めた時だけだった。後は、スーと冷めていった。

 それでも、怒ってはいたの。静かに、深く深く怒っていた。表には出なかったけど。

 相手は両親なのに、感情的にならずに猛毒を吐き散らす。弱味を見せない。涙一つ流さない。両親から見たら、超可愛気のない生意気な子だよね。扱い辛いと思うわ。

 重い気持ちを抱えたまま、私は診察室のドアをノックする。そして、意を決してドアを開けた。

 そこには、両親の姿はなかった。また隠れてるかも。奥を覗いたけどいなかった。

「ご両親は三十分程前に帰りましたよ」

 国谷先生が教えてくれた。

 明らかにホッとしてる自分と、それでよかったのかってとがめる自分がいる。内心、複雑だった。

「そうですか……」

 それ以上言葉が続かない。ソファーに座ってても落ち着かない。そんな私に、国谷先生はコーヒーを淹れてくれた。ただ今日は、甘いカフェモカだった。

 甘くて少し苦い。

 まるで、今の私のようだと思った。とても美味しくて、つい表情が緩む。次第に、気持ちが落ち着いてきた。

「……梨果さんは、静かにキレるタイプですね」

 おかしそうに、国谷先生が言った。同時に、恥ずかしくなる。

「そっか……怒っていたけど、キレてたんですね、私」

「たかが、その言葉が許せなかったんですね」

(ほんと、この先生は凄い)

 カウンセリングとか受けたことないけど、その分野でも十分名医なんじゃないかって、思ったよ。

 私は小さく頷く。

「つい、出てしまった言葉だと思います。父にとって、それは失言にならない程度のもの。でも、私にとっては、到底許せない言葉でした」

 今でも、許せない。

「……梨果さんが退室した後、自分が発した言葉が失言だったと気付いていましたよ。とても、自分を責めていました。心から謝りたいと仰っていましたよ。でも、情けないことに、その勇気が出ないと言っていましたね」

「そうですか……」

 お父さんを情けないとは思わない。私も一緒だから。

「寝ずに話し合ったのでしょうね、目の下に隈を作った状態で、今朝早く、僕を訪ねて来ました。そして、新薬のことをもう一度説明して欲しいと、懇願されました。教えましたよ、最初から、全てを。説明し終えると、真剣な表情で訊かれました」

「何を?」

「この説明を、娘にもしたのかと。僕ははいと答えた。実際に、したからね。そしたら、とてもショックを受けていた」

 確かに、あの内容はなかなかキツいよね。正直、耳を塞ぎたくなることもただあった。資料を貰って読んでいたら、怖くなって、読むのを止めようと思った。それでも、目を逸らさずに最後まで読んで、説明を受けた。

 受けた上で、改めて国谷先生に訊かれたの。

 初日、あまり深く考えずに、新薬の投与を希望した自分が、すっごく恥ずかしいと思ったよ。

 答えが出るまで悩んだよ。今でも、怖い。だって、自分の命を、時間を賭けるんだから。それでも、僅かでも延びる未来に賭けたい気持ちの方が大きかった。

「……あの子は、全てを把握した上で決心したのですね。一人で重い決断を……そう告げると、僕に深々と頭を下げ、娘を宜しくお願いしますと」
 
 そう告げると、国谷先生は一枚の同意書をテーブルに置いた。

「……サインがある」

 そこには、紛れもなく、お父さんのサインがあった。判子の代わりに拇印が押してある。

「新薬の投与は三日後を予定しています」

 たぶん、これが最終確認なんだろう。私は国谷先生の目を見て告げた。

「はい、分かりました。宜しくお願い致します」

 

 
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