もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

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一週間

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「駄目だ。認められない」

 お父さんの声はとても低く、異議を言わせない程の迫力があった。

 私は唇を強く噛み締める。激しい怒りと絶望が私を襲った。口の中に鉄の味が広がる。それを見た陽平さんが、私の所に急いで来ようとしたのを、国谷先生が目で制する。

「…………ど……うして?」

 なんとか平静を保ちながら、声を振り絞り尋ねた。

「危険過ぎる。最悪、自分の時間を短くする可能性がある治療を、親として認める訳にはいかない。それに、延ばせられたとしても、たかが数年だろ。メリットよりもデメリットが多過ぎる」

(たかが数年か……)

 親としては、百点の台詞だと思う。我が儘だととがめられるのは、私の方だろう。

「……親、親って、ほんと都合のいい言葉よね。親だからといえば、大概、子供を自由に扱える。未来も自分たちの希望通りに運ぶことも出来る」

 私がそう吐き捨てると、両親は顔を激しく歪ませた。

「梨果、お前がどう反発しようとも、親は子供の命と未来を護るのが役目だ」

「……護る……そうね、お父さんたちが望むのは、保護だよね。常に自分たちの視界内に私を置いておきたい。その代わりに、衣食住を与え、なんでも欲しいものを与える。でもそれって、誰のため? お父さんたちの精神安定のためだよね。そのために、私に感情を殺した人形になれって強要する。親という都合の良い言葉を使って」

 言葉は時に刃になる。毒にもなる。

 私が発した言葉は、紛れもなく毒であり刃だった。

 お母さんは泣き出す。お父さんは怒りのためか、両拳を強く握り締め震えていた。

「……お前に何が分かる」

 吐き出される声も怒りで震えていた。

 そんなお父さんを見ても、私は怖くはなかった。怖くないからひるまない。腹をくくるって、こういうことだよね。

「その台詞、そのまま返すわ。お父さんたちには分からない。分かるはずない。だって、そもそもの時間の流れが違うのだから」

 そうでなければ、たかがという単語は出てこない。

 私がそう指摘すると、二人は黙り込む。

 それは、否定する言葉が見付からないからだよね。それとも、発する言葉が軽いと分かっているからか……まぁ、私的にはどっちでも構わないけど。

 荒ぶっていた感情が、嘘のように静まる。淡々と語る私に、両親は確実に追い詰められていた。それでも、私は言葉をつむぐことを止めなかった。

「……命の重さは誰も同じ。だけど、流れが違う者もいれば、濃縮度が違う者もいる。私とお父さんたちとは違うの。お父さんたちの常識は、違う者にとっては毒にしかならない。……ここに来て、血液検査の結果を聞く瞬間、息が出来なくなるの。活性化されてないと聞いて、心底安堵する。あ~一週間、普通に生きられたって……お父さんたちにとっては、たかが一週間。でも、私にとっては、その一週間に一喜一憂するの」

 私は一旦、そこで言葉を切った。

「自分の時間を短くする。延ばせても、たかが数年……メリットよりもデメリットが多過ぎる。それは、お父さんたちの主観だよね。でもね……一週間延びたことに心底安堵する私にとっては、夢のような薬なんだよ。たかがなんて言葉は、絶対出て来ない。それだけは、理解して欲しいの。とはいえ、現実は厳しい。私がいくら望んでも、お父さんたちがサインしなければ投与はされない。治療を受けられない、未成年だから」

 そこまで言ってから、国谷先生に視線を向ける。

「国谷先生、二十歳まで活性化しない可能性は何パーセントですか?」

 突然振られても、国谷先生は表情を変えることなく、いつもと同じテンションで教えてくれた。

「活性化していない状態で、診断出来た人は世界的にかなり少数です。一概には言えませんが、平均で五年以内に活性化しています」

 視線を再び両親に戻した。

「奇跡が起きて、二十歳までこの状態を保ち続けることが出来たら、私は自分の意思でこの治療を受けるわ、絶対に」

 お母さんが力なく座り込む。そんなお母さんを、お父さんは支えている。そんな二人を見詰めながら、私は静かに宣言した。

 その後は、話し合いにはならなかったよ。

 私は早々に診察室を出て、陽平さんに傷の手当をして貰った。この日の晩ご飯は、ほんと、泣きたくなる程傷に染みた。





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