もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

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いい加減、腹をくくらないとね

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 ほぼ初日に、皆に何回も泣き顔を見られたら、なんか色々吹っ切れた。皆からは、元々自然体のように見えていたらしいけど、少しは被っていたよ、猫を。でも、今は必要なくなった。

 あっという間に、離島暮らしにもなれたよ。入院生活と言えないのが、らしいと言えばらしいかな。

 一見、ホテル生活のように見えるけど、病院の要素は意外と結構あった。

 CTやMRI、胃カメラを受ける時は朝食抜きで、水分も水以外駄目だと言われたり、二日に一回の血液検査。あと、国谷先生の診察は毎日あった。美味しいコーヒーを飲みながらの診察だけどね、ゆったりして、私的にはほっこりする時間でもあった。

 離島に来て一週間。

 あれから、由季からラインも電話も来ない。二十五日の約束もなくなったんだろうね。

 私は忘れはしないけど。

 寂しくてたまらない。胸に大きな穴が空いて血が出て、痛くて苦しいけど、ここには、その苦しさを紛らわせるものが一杯ある。

 だから、意外と穏やかな気持ちで過ごせた。

 今日の診察は午後からだった。

 いつもと同じように、国谷先生が淹れてくれたコーヒーを飲みながら話す。

「梨果さん、一通り、全ての検査が終わりました。定期検査も特に以上はありません。遺伝子も活性化はしていませんから、安心して下さいね」

 国谷先生はニコッと微笑む。

 何回か診察するようになって、自然と名前呼びになった。だって、皆名前呼びになってるから。陽平さんもだし、一葉さんも。当然、立花さんも名前で呼んでたからね、国谷先生のことも。さすがに、私は出来ないよ。先生を付けないといけない気がする。

「はい。よかった……」

 息を吐き出す。この瞬間だけ慣れない。どうしても、息を詰めてしまう。

 今日もセーフだった。診断結果に心底、安堵する。活性化していないうちは、普通の人と同じ時間を生きられるから。少なくとも、一週間は延びた。その事実が、とてもとても嬉しかった。

「ところで、新薬についてですが、今の健康状態なら使用は可能です。ただ、以前にも話しましたが、この薬はまだ試験薬レベルです。データや小動物で成功していても、人の投与は極めて少ない。その意味を理解していますか?」

 私は真剣な表情で、小さく頷く。そして、自分が理解していることを告げた。

「つまり、予期せぬことが起こる可能性が高く、重篤な副作用が出るかもしれない、リスクが高い治療ですね。ましてや、この新薬は病気を治す薬じゃない。発症を遅らせる薬。それも、一年か、二年か、正確な時間は分からない。何もかも、手探り状態ということですよね」

「その通りです。かえって、梨果さんの時間を縮めるかもしれません」

 いつも国谷先生は、はっきりと言葉にしてくれる。現実を隠すことなく、誇張することなく、事実だけを教えてくれる。

 だから、私は自分の選択に責任がもてるの。

「……いいですよ、それでも。医学の発展には、必要なことだと思うし……正直に言えば、とても怖い。私の選択が正しいのか、答えが出るのは先の話だから。でも、後悔だけはしたくない。国谷先生……私にはやりたいことが一杯あるんです。実は、カメラが欲しくてバイトしたいって考えてるんです」

「カメラですか?」

「はい。私がこの目で見て、残したいと思ったものを残すために。スマホじゃ、限界があるから」

「買ってもらうのではなく、バイト代で買いたいんですね」

 今両親に言えば、ホイホイと買ってくれる。大概の我が儘は通ると思う。でも、それは違う気がするの。

「だって、当たり前のことじゃないですか。私は普通に生きていきたいんです。バイトして、勉強して、友達と遊んで、馬鹿笑いして、卒業旅行はやっぱり定番のディズニーかな。大学にも進学したい」

 恋はしてる。

 だから、それは口にはしない。

「……分かりました。普通に生きていくために、梨果さんは選択をした。僕は、その選択を尊重します」

「ありがとうございます。普通に青春を謳歌するために、私は貪欲に生にしがみますから、国谷先生、これからも宜しくお願いします」

 改めて、頭を下げた。

「はい、一緒に頑張りましょう。まずは、ご両親の説得からですね。梨果さんは未成年だからね、新薬の投与に保護者のサインがいりますね」

 頭を鈍器で殴られたくらいの衝撃があったよ。確かに、国谷先生の言う通りだ。私は未成年。何をするにも、保護者のサインがいる。

(一番の難関が待ち構えてるよ。あ~)

「なので、しっかり皆で向き合いましょうか」

 微妙な、国谷先生の言い回しに引っ掛かりを感じた。先生に視線を向ける。先生は軽く頷いた。それが合図だったかのように、奥から両親が姿を現した。

「梨果、元気そうだな」

「梨果、会いたかった」

 お父さんとお母さんは、無理矢理微笑みながらそう声を掛けて来た。

(国谷先生、そう来たか)

 両親の前だと気構えてしまうから、仕方なく、国谷先生はこの方法を取ったんだと思う。普通の医者ならしない。こんな面倒くさいことなんて……ほんと、良い先生だ。

(なんか、勇気貰ったよ。いい加減、私も腹をくくらないといけないよね)

 私は両親に向き合うことに決めた。一歩前に踏み出す。

「……お父さん、お母さん、新薬の投与の許可を下さい」

 病気が分かってから、始めて自分から目を合わせた気がする。

 沈黙の時間としては一分ぐらいだと思う。でも私にとって、その一分は永遠に感じた。

 お父さんが口を開く。

 そして、静かに告げた――



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