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二人だけの結婚式
しおりを挟む森の中に、突然現れた建物はこじんまりとしていて、その周囲だけ明らかに空気が違った。
建物に続く石畳の道は人工的なものではなく、ちょっとでこぼこしてるけど、きちんと鋪装されている。
その全てが、絵本から抜け出したかのような、ファンタジー感満載だった。ファンタジー風に言えば、小さな町の宿屋のような建物かな。
「ほんと、由季って、私のツボ抑えてるよね」
心底感心するよ。
「まぁ、それだけ、付き合いが長いからな」
「確かにそうだね。恥ずかしい話もしてたわ」
卒業までは、お互いの家を自由に行き来していたからね。本棚に並んでいる本を知ってても可笑しくないよね。それに、ファンタジーの世界に憧れていたのも隠してなかったし。今思えば、ほんの少し厨二病が入っていたかも。プライバシーなんて皆無だったわ。
「誰もが通る道だろ」
恥ずかしくて顔を赤らめる私を見て、由季がニヤリと笑う。
「絶対、当時のことを思い出してるよね。まぁいいけど、それで、予約していたのはここなの?」
良しも悪しも筒抜けなのは仕方ないよね。私も、由季の恥ずかしい黒歴史知ってるし。気を取り直して尋ねる。
(嬉しいけど、幾ら使ったのかな?)
庶民のせいか、少し心配になる。結構派手にお金を使ってる気がするから。そんな私を見て、由季はフッと笑う。
「お金は心配しなくていいよ。それなりにバイトしたりして貯めてるから。それに、この雰囲気に観光客は無粋だろ。邪魔されたくないし」
(邪魔?)
後半になればなるほど、由季の声が小さくなる。別に耳は悪くないから、ちゃんと聞こえたけどね。
握っていた手を放し腰に回す。その体勢のままエスコートし、由季はドアを開けた。
「……教会」
陽の光がステンドグラスの窓から入り、室内を照らしている。室内に灯りは灯されていないので、教会内に影の部分が出来ていた。奥には十字架と祭壇、そしてマリア像が、間違いなくそこは教会だった。
その光景に一層、私の視線が奪われる。
「綺麗……」
溜め息を吐くかのように、口から感嘆の言葉が漏れる。
まるで、異世界に迷い込んだかのような、錯覚をしてしまいそうになるくらい、神秘的で、現実離れした空間だった。
圧倒されて呆然としている私を引っ張り、由季は中央の通路を歩く。祭壇の前まで来ると、由季は私を抱き締めてからキスをした。
「梨果、左手を出して」
由季はそう言いながら、左手に片手を添える。そして、ポケットから指輪を取り出し、私の左手の薬指に通す。
よく見たら、由季の指には既に指輪が。
(いつの間に。全然気付かなかったよ)
左手を掴んだまま、由季は指輪にキスを落とす。
「梨果、俺と結婚して」
どうして、邪魔されたくなかったのか分かった。
由季の想いは、言葉は、心が震えるほど嬉しい。嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうになる。
「はい」と返事が出来たら、どんなに幸せだろう。でも、私は返事が出来なかった。
「こめん」という、三文字も出ない。
ただ、ほろほろと泣く私を、由季は優しく、だけどしっかりと抱き締めた。
「……困らせてごめん。でも、これは俺の決意証明だから。安易な気持ちで、告白したんじゃない。抱いたわけじゃない。俺が、俺自身のために、梨果が必要なんだ。梨果との絆の証が欲しいんだ」
(……絆の証? 指輪が、結婚が)
「活性化したら、梨果が俺と別れようと考えてるのは分かってた。でも、俺は梨果を放したくない。別れたくない。やっと、手に入れることが出来たんだ。放すことなんて出来ない」
由季の嘘偽りのない告白が、私の心を激しく掻き乱す。
素直に受け入れられたら、どんなに幸せだろう。今顔を上げて、「はい」って答えられるのなら、私はなんだってするだろう。
でも、出来ない――
心がこれ以上の負荷に耐えきれずに、ピシッと音を立てる。
「…………俺は、梨果の願いを叶えたい。活性化したら、会わないという梨果の願いも。本当は嫌だけど、受け入れようと思う」
(……受け入れる…………ほんとに?)
私は気にする余裕もなく、泣き顔を由季に晒す。由季も泣いていた。
「酷い顔。でも、可愛い。……梨果、俺は梨果の意志を尊重する。その代わりに欲しいんだ、証を」
私の心を壊すのも、癒やすのも、由季しか出来ない。散らばっていた破片が、もう一度、由季の想いで修復されていく。
素直になっていいの?
本当に、私なんかでいいの?
私に縛られていいの?
確かめたい。いや、確かめなくてはならない。空気を潰しても、訊かなくちゃいけないのに……出て来た言葉は違った。
「…………私も欲しい」
泣いていた由季が、私の言葉で天使のような笑みを浮かべる。
(あぁ……由季も、私と一緒なんだ)
互いの言動で傷付き、互いの言動が癒やしになることに、改めて気付かされた。
由季の顔が近付く。私はそっと目を閉じる。
私たち以外誰もいない。司祭様の祝福の言葉もない。ドレスもタキシードも着ていない。形式なんて完全無視。それでも、指輪を交換し、誓いのキスを交わした。
今この瞬間、私たちは二人っきりの結婚式をあげたの。
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