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今、この瞬間を生きている
しおりを挟む十月の中旬、日中はまだギリ半袖でいけるけど、さすがに真夜中は肌寒い。ましてや、結構風吹いてるし。いつもの私服にカーディガンを羽織り、近堂さんと一緒に港で待っていると、一艘の小型船が近付いて来た。
(どうやら、あの船のようね)
港に横付けで小型船を停める。ライトを消しエンジンを切る。降りて船が流されないように、手慣れた様子でロープで船を固定した。
固定したとほぼ同時に、大きな影が私に覆い被さって来た。
大きな影は私を抱え込む。そして、私が苦しがらない程度の力で抱き締めた。
「ちょっと、由季、離れて!! 皆見てるし、ちゃんとお礼言わないといけないでしょ」
そう抗議しても、抱き締める力は緩むことはなかった。
近堂さんも漁師さんも、苦笑しながらも温かい目で私たちを見ている。由季は背を向けているから、近堂さんたちが見えてないけど、私からは見えてるんだから、恥ずかしくて居た堪れないよ。
「…………よかった……感触がある……抱き締められる…………」
更に抗議しようとしたら、震え、涙声になりながらも弱々しい声が耳に届く。その声を聞いたら、抗議なんて出来ない。
「……そんなに直ぐに、消えたりしないから安心して」
由季の背中に腕を回し、軽く肩を叩いてから告げる。
安心させるために言ったのに、由季には違って聞こえたみたいだ。更に、抱え込む腕に力が入る。ちょっと苦しいけど、目を閉じ身を任せた。
(これで安心出来るのなら、我慢しよ)
そんなことを思っていたら、急かすようにクラクションが鳴った。
「さっさと乗れ」
呆れた様子で、近堂さんが運転席から声を掛ける。
「あっ!! ほら、行くよ」
私が焦りながら言うと、由季はおんぶオバケになった。そのまま車まで歩く。
いつの間にか、助手席には船長さんが座ってた。完全に二人の世界に入ってたよね。周囲が見えなかったわ。かなり恥ずかしいよ。
後部座席に大人しく座ってるけど、由季は身体密着させてくる。なんか恋人っていうよりは、迷子の子供が親の元に戻って来た後って感じ。それでも、恥ずかしさが倍増しなんだけどね。
恥ずかしさを紛らわせるために、気になっていたことを尋ねる。
「……急に仕事休んで大丈夫なの?」
スケジュールが圧していて忙しいって聞いていた。センターに泊まり込んで作業したとも聞いた。そんな中、新人とはいえ、技術者が一人抜ける穴は相当大きいと思う。
「…………大丈夫」
ポツリと由季は答える。それを聞いて、私は小さく溜め息を吐いた。
「嘘吐かないで。正直に言って」
「…………」
(だんまりを決め込む気ね)
都合が悪くなると、由季は極端に口数が少なくなるんだよね。元々、あまり話す方じゃないから気付かれにくいけど。なので再度、強めな口調で促した。
「言って」
「……一方的に、有給を三日もぎ取った」
「全く……もぎ取ったんじゃなくて、一方的に要求しただけでしょ。承認も得られてないんじゃない?」
そう尋ねたら、まただんまり。今度は盛大に溜め息を吐く。由季はムスッとしてる。
(当たりのようね)
この馬鹿は、後先考えずに行動して。でも裏を返せば、それだけ私を一番に考えてくれてるってことだよね。不謹慎だから、嬉しいとは口には出さないけどね。
「取り敢えず、車降りたら上司に電話。ちゃんと謝罪して、理由を話すこと。いい?」
私が強くそう言うと、由季は渋々頷いた。私が言わなければ、絶対掛け直さなかったわね。
そんなやり取りを、近堂さんと船長さんは笑いながら聞いていた。
宣言通り、病院に着いた途端に電話入れさせたよ。上司さん、めっちゃ呆れてたし怒っていた。それゃあ、そうだよね。でも、よっぽど焦って必死だったのが伝わっていたのかな、かなり絞られたみたいだけど、三日間の有給は貰えたみたい。
良い職場のようね……なんか、安心したわ。でも、あの王様が電話しながら頭を下げてるのを見ると、なんか笑いそうになった。
「……なんだよ」
ニヤニヤ笑う私を見て、由季がむくれてる。
「別に……それで、ご飯は食べて来たの?」
「食べてない。忘れてた」
(でしょうね)
由季はいつもそう。何かに熱中すると、ご飯も睡眠も忘れる時がある。主に宇宙関連の資料とかテレビとかを、何回も繰り返し見ていた時も忘れてた。
「なら、食堂で何か食べる? 今頃、食堂で船長さんと飲み会してると思うから、おこぼれが貰えるかも」
私は由季に右手を差し出す。いつもとは反対だね。
由季は一瞬躊躇ったけど、私の手をしっかりと握った。
互いに伝わる体温。
間違いなく、私も由季も生きている。
今を生きてるの。
例え流れる時間が違っていても、今、この瞬間を生きていることにかわりはないんだよ。
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