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覚悟はよろしくて
第十六話 それは本心かしら
しおりを挟む晴れてよかったですわ。
お茶会日和って、こういう日のことをいうのね。どうやら、今日の主役が来られたようですわ。
「急なお茶会にお越し頂きありがとうございます、アリーヌ様。さぁ、遠慮なさらないで、座ってくださいな」
そう声を掛けても、震えている小ウサギは座ろうとはしませんでした。
まぁ、仕方ありませんね。いきなり見知らぬ人に連れて来られたのですもの。緊張で倒れそうな程顔色が真っ青で震えていらっしゃるわ。更に私を見て、真っ青が真っ白になってしまいましたし。
まさに私は、小ウサギを喰らうとする狼だと思われていますわね。否定はしませんよ。確かに彼女から見たら、そうなのでしょうから。しかし、アリーヌ様は気丈にも、
「申し訳ありません!! 我が家の者が皇女殿下に対し、無礼を働き、本当に申し訳ありませんでした!!」
深々と頭を下げ謝罪します。私が言葉を発するまで、頭を下げ続けています。前で握り締めている両手が、小刻みに震えていました。真摯なその姿に、私は笑みを浮かべます。
「顔を上げてくださいな、アリーヌ様。貴女の謝罪は受け入れますわ。ただ……貴女個人に対しての謝罪だけですが。さぁ、座ってくださいな。せっかくの軽食が冷めてしまいますわ」
怖がらないように、できる限り笑みを浮かべながら、優しいトーンで話し掛けます。アリーヌ様は漸く座りました。
「……どうして、私をお喚びになられたのですか?」
もっともな疑問ですね。
「お話がしたかっただけですわ。駄目でしたか?」
そう答えると、少し人らしい反応を見せるアリーヌ様。
「…………私とですか?」
「ええ、貴女とです。アリーヌ・ゴードン伯爵令嬢様」
そう答えると、アリーヌ様が硬直してしまいましたわ。どうやら、驚いたようですけど、何に対してですか?
「………………久し振りでしたので。私の名前を耳にしたのは」
久し振りですか……
姉妹差があるとは、今回の映像と牢獄の中でのやり取りで知ってはいましたが、まさか、そこまでとは思いもしませんでした。誰もアリーヌ様の名前を呼ばないのですね。
家族も、使用人たちもーー。
そう言えば、牢屋内でも、アリーヌ様の名前を呼ぶ者はいなかったわね。
「そう……」
辛かったのですね……
その言葉を飲み込みます。私なら、同情されるのは嫌だから。おそらく、アリーヌ様もそうでしょ。牢屋で一切、同情をかう行動はなさらなかった。反対に、無表情だったと報告がありました。それが却って、不憫だと兵士や牢番は言っていましたわ。
「……同情なさらないのですね」
そう告げるアリーヌ様の目は、ビクビクした小ウサギではありませんでした。しいて言うなら、子犬かしら。肉食獣に進化しましたね。
「して欲しいのですか?」
「いいえ」
「でしょうね。話は後で。胃に優しいものを用意しましたわ。召し上がれ」
その台詞で、自分が置かれた状況、ゴードン伯爵家の恥を、私が知っているとアリーヌ様は気付くでしょう。ほら、表情が強ばってますわ。でもすぐに、表情を戻そうとしています。お花畑の妹と両親とは全く違いますね。
「…………頂きます」
「どうぞ」
私が再度勧めると、アリーヌ様はおずおずとスープを口に運びます。
「美味しい……」
小さな声で呟く、アリーヌ様。何口か口にすると、やっと、アリーヌ様の頬に赤みがさしてきました。食欲がありそうでよかったですわ。ホッと胸を撫でおろします。
「それは良かったですわ。ゆっくりでいいですよ」
しばらく、アリーヌ様の食事の様子を見ていると、アリーヌ様がスプーンを置き尋ねてきました。
「セリア皇女殿下、お話とは何でしょう?」
アリーヌ様は真っ直ぐ私を見詰め尋ねます。そこにいたのは、貴族令嬢でした。
「おそらく、今回の件で、ゴードン伯爵家は貴族籍を失うでしょう。もちろん、アリーヌ様、貴女も」
言葉を飾らずに、要点だけを告げます。飾りようはありませんけどね。もう決まってることですから。
「……セリーヌも私も皇宮に赴くべきでした。そのように嘆願しましたが、両親は聞き入れてはくれませんでした。その時点で、覚悟はしておりました。止めは、皇宮門前での騒ぎです。あの時、何としても止めておくべきでした」
暗い表情をしながら、アリーヌ様はそう告げました。その声音は淡々としています。震えてもいません。
その気持ちと言葉に嘘はないでしょう。でも私は、アリーヌ様にこう尋ねます。「そう……それは、本心かしら?」と。
途端に、アリーヌ様の表情が強張ります。この場で一番の強張りでした。
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