婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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貴方がそれを望むのなら

第二十話 心を凍り付かせながら、私は告げる

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「下等種族にここまでされて悔しいのはわかりますが、無言を通そうとなさるのは、あまり利口とは言えませんね」

 落ちどころを考えながら、私は馬鹿にしたような口調で魔術師さんに話しかけます。

「――くっ!! 命乞いをしろと!!」

 よほど悔しいようですね。身体は小刻みに震え、膝の上で握りしめている拳に、さらに力が入っています。

 ボロボロで、今にも床に崩れ落ちてもおかしくない状態なのに――リュウシュウ族の矜持ですか……下等種族の前で、醜態をこれ以上晒したくはないのでしょう。

 先ほど、私が与えた上級ポーションは治療のためのものではありません。あくまで、少しお話を円滑にするためのもの。こうしている間も、確実に魔石の毒は血管を伝い静かに浸透し、蓄積され続けています。

「そんなに奥歯を強く噛み締めると、歯が割れますよ。それで、してくれるのですか? 命乞い」

 口にしている内容、完全に私悪役ですね。ラスボス級の。

 お父様直伝の黒い笑みを浮かべながらですから、特にですね。私の台詞に、またしても魔術師さんは押し黙ります。彼女の様子に、内心溜め息を吐きたくなりました。

 どうしましょう? 話がまったく進みませんわ。

「この私の命を、あんたにあげるわ!! だから、仲間を解放して!! 呪いを解いて!!」

 下げたくもない頭を下げて、仲間の命乞いですか。捕らえられた者、誰一人、魔術師さんたちのことを訊く者はいなかったのに。

 捨て駒にされたというわけですか……

 壊れているとはいえ、少し不愉快ですね。成長期である魔術師さんの身体を、ここまで酷使させ潰したのは、捕まっている大人たちなのに。散々、利用するだけして、才能を食い物にし、壊れたらポイッというわけですね。

 憐れな方。だとしても、私は情けをかけはしない。有効利用させてもらいますわ。私も魔術師さんと同様に護るべき民がいます。竜族との約束を破るわけにはいきません。

「しませんよ。貴女の命に価値があるとお思いなのですか? 確かに、魔術師としての腕は良いでしょう。それは認めますわ。でも、私の足元にも及ばない。それに、長年、劇物である魔法回復薬を飲み続けていたせいで、貴女の肉体はすでに崩壊寸前ですわ。後一回、魔法を使えば終わりですよ。価値あります?」

 言葉を発する度、心がスーと凍り付いていきます。容赦なく、躊躇いもなく、民を護るために、目の前の魔術師さんを誘導します。

「……仲間を殺し、呪いも解くつもりがないのね」

 魔術師さんは小さく低い声で、私に確認します。

「ええ、犯罪者にかける情けはありませんわ」

「そう……」

 魔術師さんは独り言のように呟くと、顔を上げ憎しみがこもった目で私を睨むと叫びました。「なら、お前も道連れにしてやる!!」と。

 超至近距離からの魔法攻撃。私が座る椅子を中心に描かれる魔法陣。見事ですよね。会話をしながら、魔法陣を構築していたのだから。

 回避不可――

「渾身の一撃ですね。でも、相手が悪かったですね、魔術師さん。私には効きませんよ」

 魔法陣は発動することなく消えました。

「嘘…………」

「魔法を無効化しましたから。申したはずですよ、私と貴女とはレベルが違うと。貴女がどのような魔法を仕掛けてくるかわからなかったので、全属性無効化の魔法をかけましたわ」

 にっこりと微笑みながら、教えてあげました。その間も、魔術師さんの身体がボロボロと崩れていきます。砂人形のように。

「……化け物」

 辛うじて聞き取れます。

「お褒め頂きありがとうございます、魔術師さん。安心してくださいな、貴女のお仲間は解放してあげますよ。貴女の命をかけた嘆願という形でね」

「…………」

 崩れながらも、視線だけは私から離さない魔術師さんに、私は最後に真実を教えてあげました。

「貴女も気付いているのでしょ、私がかけた呪いがどういったものか。でも、それだけではありません。リュウシュウ族の者だけに伝染する呪いなのです。なので、始めから、貴女の仲間たちを殺すつもりはありませんでした」

 言い終えると、魔術師さんがいた場所に砂の山ができていました。

「スミス、これを瓶に詰めてあの雌猫に渡しなさい」

 せめて、家族の手で葬ってほしいでしょうから。それに、私に対して憎しみの想いを強く抱かせる必要があります。強いほど、同族に頼るはずですから。

 私に復讐するために――

 私の狙い通りにことが運びましたね。




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